11. 最後の晩餐
日が沈み辺りはすっかり暗くなってしまった。
夜空には青白い三日月が浮かび上がり、小さな星屑が空に散りばめられて輝いている。
修道院の扉の前では、クレアさんが静かに夜空を見上げていた。
ベールを脱いで美しい銀髪を夜風になびかせている。
「今宵は月夜ですね……」
「青い三日月に星空も綺麗だね」
「そろそろ扉を閉めるので中へ。夜は魔の者が入ってくるかもしれませんから……」
「わかりました」
とくに夜は危険だから戸締りは大切だ。
森が近いから魔物やアンデッドが現れるかもしれない。
さすがに闇ギルドの盗賊団は修道院なんて襲おうとはしないだろう。
私とシスターが戻ると、レイナとマルコが夕食を作って待ってくれていた。
「おかえり、マルコさんと一緒に野菜スープを作ったよ」
「塩が少ないから薄味になっちまったけどな」
「あとパンも分けてくれたの」
「ありがとう、もうお腹ぺこぺこだよ~」
レイナがテーブルに食器を並べていく。
厨房からは湯気を立てたスープが運ばれてくる。
お皿には熱々の野菜スープ、木のトレイにはパンと野イチゴを添えて。
グラスには修道院で振る舞われる蜂蜜酒を注ぐ。
「おぉ、なんか豪華だね」
「美味そうだろ? さぁシスターもここに座って」
「それでは、お言葉に甘えて」
質素な修道院の食事とは思えない、ちょっぴり豪華な夕食だ。
大きなテーブルを4人で囲むようにして座った。
そして食事の前には祈りを捧げる。
「神のお恵みに感謝を……。それではいただきましょうか」
「いただきます」
神に感謝しながら食事に口をつけた。
スープは薄味、パンは硬くパサパサしていて、野イチゴは甘酸っぱいけど青臭さがある。
贅沢は言えないけどちょっとまずい。
蜂蜜酒はハーブの風味があり、少し癖はあるけど美味しかった。
「このお酒美味しいね。なんかすーっとして、ハーブでも入れてるの?」
「えぇ、森で採れたハーブを少々、身体の不調をやわらげる効果がありますよ」
「ここに来たらこれを飲まないと。長旅で疲れた体に染みるなぁ」
マルコは美味しそうに蜂蜜酒を飲んでいる。
このお酒のおかげで、料理も残さずに食べられそうだ。
薄暗い食堂にカチャカチャとスプーンが食器に当たる音が響いた。
人里からも離れているから夜は本当に静かだ。
今晩は私たちにマルコもいるから少しは賑やかだけど、いつもはクレアさんひとりのはず……。
寂しいというか怖くないのか気になる。
「ここってクレアさんがひとりで管理してるの?」
「今はそうですね。若い見習いの方はここでの生活が嫌になってすぐやめてしまうので……」
「前に来たときは若くて元気な娘さんがいたよね? たしかアテッサちゃん、あの娘もやめちゃったの?」
「はい。この修道院での生活が辛かったのでしょう」
「そんなふうには見えなかったけどなぁ……」
修道女は神様と人々のために一生独身で奉仕することになる。
質素な修道院での生活に耐えられなくなる気持ちもわかる気がした。
私なら退屈ですぐに逃げ出してしまうと思う。
「やっぱりひとりだと寂しいですよね」
「はい……。ただ、行商人や旅人の方が訪ねてこられますので」
「私たちも日が暮れそうになって困ってたから、この修道院のおかげで助かりました」
「それはよかった。だから寂しくなんてありませんよ」
クレアさんは微笑むこともなければ淡々と話していた。
まるで感情がないかのような、そんな気さえしてくる。
「シスターには俺がついてますから、何でも言ってやってください」
「あはは、それは頼もしいね」
「なんでも……ですか。何かあれば頼らせてもらいますね」
今まで表情ひとつ変えなかったクレアさんの口元が僅かに笑みを浮かべた。
マルコは嬉しそうに返事をしてむせてしまう。
「はうっ、マルコさん飲み物を」
「ゲホッ、わりぃ」
「とりあえず落ち着きなって」
その後も楽しく食事をしながら4人で雑談した。
マルコは最近の出来事や流行りについて、面白可笑しく話して聞かせてくれた。
行商人でいろんな町を行き来しているだけあって情報通だ。
「魔術街の歌劇団は知ってるかい? 月と雪の女王の劇は本当に感動したよ」
「学生や観光客にも人気らしいね。あたしも一度は観てみたいかな」
「なら、せっかくだから劇場にも寄ってみようよ。どうせルミナスにも行くんだし」
「それがいい、戦争でも始まったら演劇どころの騒ぎじゃなくなるからな」
私もルミナス歌劇団の公演を観てみたくなった。
この冒険に楽しみがひとつ増えた。
ただ、クレアさんは退屈そうにマルコの話を聞いている。
シスターは修道院の仕事が忙しくて、演劇なんて楽しむ暇もないのかもしれない。
☆☆☆
夕食を終えたころには、外は真っ暗になり夜も更けていた。
私とレイナは疲れていたので先に部屋まで戻る。
マルコはクレアさんにまだまだ聞かせたいことがあるのか、蜂蜜酒を飲みながらふたりで話し込んでいた。
ふたりの邪魔をするような野暮なことはしたくない。
「もしかしてマルコってシスターのことが好きなんじゃないの?」
「セラも気づいてた? なんかそんな気がするよね」
「でもクレアさんってそういうのにまったく興味なさそう。そもそも修道女って恋愛や結婚とかするのかな」
「独身で奉公する人が多いから、これは叶わぬ恋なのかもしれないねぇ」
レイナはそう言うと、なんだか楽しそうな顔をしている。
こういう恋愛の話に興味があるのかもしれない。
部屋に戻ると、窓の隙間からは僅かに月明かりが差し込んでくる。
廊下も部屋の中も真っ暗で、キャンドルの炎とランタンの灯かりだけが頼りだ。
私はベッドに腰をかけると防具を脱いで寝る準備をした。
レイナは机に座って残りのレポートを書いている。
「セシル君は見つからなかったし、明日また町まで戻るのは大変だね」
「どうしようか、このまま谷を降りてルミナスに向かうの?」
「そうするしかないよ。時間も無駄になるし捜索はこれで打ち切ろう」
「わかった……」
レイナの沈んだ声が聞こえた。
可哀相だけど今回の依頼は諦めるしかなさそうだ。
やはり行方不明者の捜索は難しかった。
当初の計画通り、このままルミナスの町を目指すことにする。
今日は朝から森の中を歩き続けて疲れてしまった。
私は崩れ落ちるようにベッドに倒れ込む。
「なんか疲れたから先に休ませてもらうね」
「あっ、ごめん。灯かりを消そうか」
「まだすることがあるんでしょ? 明日は早いんだから夜更かしはダメだよ」
「もう少しで終わるから、おやすみなさい」
「おやすみ……」
修道院のベッドは固くて寝心地が悪い。
耳を澄ますと、海風と波が打ち寄せる音が聞こえてくる。
まるで何かに纏わりつかれたかのように体が重く、頭の中がぐわんぐわんとして意識が遠のいていく……。
深い闇の中に吸い込まれるような嫌な感じがした。




