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「そういえば、試験一日目の結果はどうだったの?」
今日と明日の二日間でルーク君が通う学校は試験を行うと前に言っていたことを思い出した。生姜焼きを食べ終え、食器を片付けたテーブルの上に勉強道具を広げて勉強をしているルーク君に声をかける。
ルーク君の部屋の照明は蝋燭しかなく、勉強するには向かないので晩ごはんが終わるとそのまま私の部屋の照明を使って勉強をさせている。寒くないように電気毛布を準備しており、ルーク君の寒さ対策はばっちりだ。着ることが出来るタイプの電気毛布で勉強の邪魔にもならない。
二つの部屋を繋いでいる時ならば、電気製品の持ち込みも使用も可能だ。ただ使用する場合は私の部屋のコンセントにプラグを挿さなければならない。そのことが分かってからこの三週間で色々買い揃えたのだ。
買い揃えたなんて言うとルーク君が気にすると思い、私は使っていないやつだからルーク君が使ってと強引に使わせている。これらをルーク君のために買っているなんて言ったら警戒されそう。下心だったり何か見返りを求めるつもりなど私にはもちろんない。ただただルーク君に過ごしやすい環境で生活してもらえたらという善意の行動のつもりだ。
でもね、それを自分に置き換えて考えてみて。
見ず知らずの異性から次々生活用品を貢がれるって結構怖くないでしょうか。男女の考え方の違いや、育った環境も関係するかもしれないが、私だったら怖くて相手と距離を置きたくなる。
だからあまり押し付けがましくならないように注意しながら、ルーク君の判断を尊重して貢いでいる。結局貢ぐことには代わりないのだけどね……
本当ならストーブを入れてルーク君の部屋を温めたかったのだが、高級そうでとても預かれない。何かあったら困りますと言って絶対にルーク君は受け取らなかった。
だからストーブは断念して電気毛布にしたのだ。ピンからキリまであるため簡単に比べられないが、私が購入した二つのものは金額的には大きな差はなかった。それでもルーク君にはストーブの方が機械っぽくて高級そうに見えるのだろう。金額のことを言い出したら電気毛布も使ってくれなくなりそうなので言わなかった。
「……明日の実技の試験ならまだ何とかなるんですけど、今日の筆記はあまり良くなかったです。俺、まだ文字がよく分からなくて。だから人より勉強をしないと駄目なんです」
ルーク君は孤児で文字の勉強などしてこなかったため、まずは文字の勉強から始めなければならず他とはスタートが違うそうだ。
他よりも努力して覚えなきゃならないことがたくさんあるのに弱音を吐かずに頑張る姿を見ると応援したくなる。
「そっか、ルーク君は本当に偉いよね。勉強中に邪魔してごめん。とりあえず湯たんぽの準備が出来たから先に布団の中に入れておいてね。あと、勉強中にはこれ。脳みそを使うと甘いものが食べたくなっちゃうから買ってきたんだ。ルーク君は甘いもの大丈夫かな?」
「甘いものなんて滅多に食べられないけど好きです」
勉強をしている間に湯たんぽでルーク君の布団を温めておくのはもう日課になっていた。ルーク君は一度勉強の手を止めて、湯たんぽを受け取り布団の中に入れている。これを入れるだけで眠る時に布団が温かくなっているのだから、湯たんぽはとてもお手軽な寒い日の良きパートナーだ。私も寒い冬の日には愛用している。
そして湯たんぽを置いて戻ってきたルーク君にぶどうの飴をあげた。
「ありがとうございます。わっ、とても甘い」
「美味しいでしょ? 私も学生の頃、テスト勉強の時はこれを食べて勉強したんだよ。ルーク君もこれ食べて頑張ろう」
さっき袋を開けたばかりなのでまだ飴はたくさん入っている。
「残りは後で食べてね」と袋を渡すとルークくんの顔がキラキラと輝いた。甘いものが本当に好きなのだろう。
受け取った飴が入った袋を宝物のように大事に胸の前で抱え、「ありがとうございます」という小さな御礼の言葉が聞こえた。
「ふふふ、ルーク君が甘いもの好きだなんて知らなかったわ。私、昔はよくお菓子作りをしていたんだよね。今度時間があったら作るからその時は食べてくれるかな?」
「本当ですかっ? ……あ、俺、晩ごはんまで作ってもらっているのに図々しかったです。ごめんなさい」
「謝らないでよ。私の作った料理をルーク君が美味しそうに食べてくれるのを見るのが好きなの。だからルーク君は遠慮なんてしないでほしいの」
「俺、ゆいさんに何もお返し出来ませんよ」
「そんなのいいのよ。お返しがほしいわけじゃなくて私が好きでやっているんだから」
ルーク君は申し訳無いと思っているようだが、私は本当に好きでルーク君のお世話をしている。自分を必要としてくれる人に尽くすのはとても心地がよい。私でも誰かの役に立てていると思えるからだ。
ある意味、私がルーク君を利用しているのかもしれない。
あの会社で働いている時は何も感じなかったが、私はずっと寂しかったのだと今なら分かる。必死に働いて誤魔化していた。母親を亡くした悲しみから目を逸らしてただ仕事に逃げていたのだ。
必死に生きるルーク君が眩しくて、その強さみたいなものを一緒にいると分けてもらえる気がするのだ。そんな特別な力がルーク君にはある。
「明日は実技の試験なんだよね? 勉強も大事だけど、ちゃんと寝て身体を休めないと明日動けないんじゃないかな。昨日も遅くまで起きて勉強していたんでしょ?」
「……はい。今日はもう寝ます。明日は試験だから集合時間が早かったことを思い出しました」
「それじゃあ寝坊しないように気を付けないとね」
明日は朝食も作っちゃダメかな。せめて、実技試験を頑張ってきてねとお見送りしたい。
早起きするから一緒にごはん食べようと約束して本日はルーク君とお別れする。別れ際に朝食ってどれくらい食べれるの? と聞いたらたくさん食べますとお返事が戻ってきた。
ルーク君はいつも朝食と昼食は騎士学校の食堂で食べるらしいのだが、たくさん食べて大きくなれという学校の食堂料理は質より量らしくあまり美味しいわけじゃないらしい。




