20
私はもう一日だけ孤児院でお世話になり、翌日ルーク君に送ってもらい自分の世界に戻ることにした。
ルーク君はすぐに戻るのは心配だからもう少しこちらに居ればいいと言ってくれたが、裕福とはいえない孤児院にお世話になるのは躊躇うものがある。大人一人の食料を増やせばその分どこかを減らさねばならない。
味の薄いスープと固いパンは精一杯のおもてなしなのだ。
衣食住に困らず、一人で生きていける自立した大人の私がいていい場所じゃないことは確かだ。
「……本当に帰って大丈夫ですか?」
自分の部屋に戻り、現実に向き合わなきゃならないと思うと正直怖い。それでも強がって「大丈夫だよ」と言ってしまうのが私だ。年下のルーク君を困らせるわけにはいかない。
だがルーク君は私が怖がっていることに気が付いている。無理に浮かべた笑顔に騙されてはくれなかった。
「俺は帰したくないです」
「ルーク君……」
「俺はゆいさんの世界に行けません。だから何かあっても助けに行けない……危ないところに行ってほしくないです」
「ごめんね。心配ばかりかけて……あんな怪我をした私が言うと信じられないかもしれないけど、私が住んでいる場所は危険な場所じゃないんだよ」
「それじゃあ誰がゆいさんを傷つけたんですか?」
心配しすぎて頭がおかしくなりそうです。
険しい表情をしたまま視線を逸らしてボソッとルーク君が呟いた。
いつもなら私を優先してくれるルーク君が絶対に頷かない。
どうやって説得したらいいものかと考えていると「ごめんなさい」となぜか謝罪された。
「……俺、勝手なこと言っていますよね。ゆいさんにはゆいさんの生活があるのに」
複雑そうな顔になったルーク君の手が小さく震えている。
ルーク君も私と同じで不安なのだ。まるで自分のことのように苦しんでいるルーク君を見ていたら身体が勝手に動き、ルーク君の身体を抱き締めていた。
突然抱き締められて驚いたルーク君は黙り込み、緊張して身体を固まらせていたが、突き飛ばされなかったことをいいことに背中に触れる。ルーク君の体温は高く、その温もりは心を落ち着かせた。
私はルーク君を抱き締めながら彼に初めて出会った夜のことを思い出し、出会えた奇跡を心から感謝した。
常識では考えられないが、二つの世界が繋がり私達は出会った。二人だけの秘密の隣人。毎晩ご飯を共にする相手。でも私にとってルーク君の存在はそんな言葉だけで済まない。
前から自分の方がルーク君に依存しているのでは? と思っていたが、それは間違いではなかった。一緒に過ごした時間はまだ一月も経っていないのにルーク君の存在は想像以上に私の心の割合を占めているらしい。とても大切で特別で愛おしい存在。
ルーク君はもっと大きくなりたいとよく言っているが出会った頃よりも少し大きくなっているんじゃないかしらと思う。腕の中にある身体はまだまだ薄くて逞しいとは言えないけれど、身長は伸びている。あと数年もせずに私の背を追い越し、ルーク君は望み通りきっと立派な青年へと成長していくだろう。
私の料理がルーク君の成長にほんの少しでも役立てればと支援しているつもりでいたが、ルーク君の存在こそが私の精神を安定させている。恐怖が和らぎ、ルーク君を抱き締めたまま小さく笑ってしまった。
「なんで笑っているんですか?」
不思議そうなルーク君の声に自然と浮かべる笑みが深くなる。
さっきまでの無理に浮かべた笑顔なんかじゃない。今なら何でもやれそうな気分だ。
「ルーク君がいてくれるから私は大丈夫よ。英雄が味方なんだもの」
「……なんですか、それ」
「心配してくれてありがとう。私、ルーク君が大好きだよ」
「ええっ!?」
ルーク君の大きな声にびっくりしてしまう。更に驚いているのが伝わりショックを受けた。
え、もしかして私に好かれるのは嫌?
「う、うん。弟が出来たみたいで毎日一緒にいられることが幸せだなって私は思っているんだけど……」
「……弟ですか?」
さっきの大きな声が嘘みたい潜めたルーク君の声に不安が増す。
あ、あれ、これってもしかして私本当に嫌われている? 弟だなんて図々しかっただろうか。何言ってるんだこいつとか思われていたらどうしよう。そんなの悲しすぎるのだが。
続く沈黙で気まずい気分になり離れようとした私の背中にルーク君の腕がゆっくり回り、徐々に締め付けるような力強さに変わる。
「俺も好きです」
しがみつくような抱擁と恥ずかしそうに顔を隠したまま返ってきた好きの言葉は純粋に嬉しかったし、嫌われていないことに心底安堵した。
ただね、ルーク君の力加減はたまに壊れることがある。
もちろん普段はとても丁寧に接してくれるのだが、呼吸するのが辛いくらい強い力で抱き締められたのは人生で初めての経験だった。「苦しい」と呻くとルーク君は慌てて解放し謝罪をしてくれたが、私よりまだ小柄とはいえルーク君の力はすでに私よりずっと上。流石騎士を目指す生徒だけある。だから力加減はしてほしいです。
結局私とルーク君は昼過ぎにお世話になった孤児院を出ることにした。
私達が帰る時にはミーシャとノーシュさんがお見送りをしてくれた。他の子供達が遠巻きにこちらを見ていたが、近寄って来ようとはしない。ルーク君がいるけど正体の分からない私がいるため近付けないのだろう。
お世話になったお礼を告げて手を振り二人で帰路につく。
孤児院とルーク君が借りている部屋は少し離れているらしく、王都を二人で散策しながらゆっくり帰ることにした。
近代的な高いビルに囲まれた日本の街並みとは違う石畳の細い道に石とレンガ、そして木材を使った建物が並んでいる。ルーク君が言うにはここは平民が住む区域らしい。脇道に入っていくと危険だから近づかないようにと注意され、きょろきょろと辺りを見渡しながら歩く私がすれ違う人と二度ぶつかった時に危ないと思ったらしく手を引いてくれた。
古都の街並みは見飽きることはなく、興味をそそられる。城郭都市らしくぐるりと高い壁に囲まれた王都のほんの一部を観光しただけだが、本当にここは異世界なのだなと改めて思った。




