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異世界の英雄を育てた私の晩ごはん  作者: 海野三矢子
二章 英雄、成長期
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 ぎゅっと手を掴まれる感覚で目が覚めた。

 掴まれた部分が温かく、ゆっくり目を開くと小さな女の子がこちらを見下ろしていた。すみれ色をした大きな瞳と視線が合い、女の子がにこにこと嬉しそうな顔をしているので私もつい笑ってしまう。女の子は三歳くらいに見えた。


 それにしてもここは一体どこだろう。そしてこの子は誰?

 ルーク君の部屋に似ているがルーク君の部屋ではないみたいだし。


「おきた?」

「うん、あの……ここは?」

「まっててね、いま、せんせーよんでくる」


 女の子はせんせーと大きな声で誰かを呼びに部屋を出ていってしまった。

 一人ぽつんと部屋に残され、やることもないので改めて部屋を見る。窓はなく、私が眠っていた寝台だけがある薄暗い部屋。蝋燭の灯りだけでは今が夜なのか朝なのかも分からない。

 寝台もベットマットがあるわけじゃなく、板の上に入れ綿の少ない薄い敷布が敷かれているだけの簡素なものだ。



 あ、そうだ。

 私夏希に刺されたんだ。


 ふと目覚める前の出来事を思い出して身体が震える。


「あれ、でも何で痛くないの?」


 全く痛みを感じないことを不思議に思い、傷があったはずの場所に手を伸ばして触れてみた。

  痛みがないのでおかしいと思っていたが、背中に傷口がないのだ。確かめるように手を動かしてみるがやはり何もない。


「これって一体どういうこと?」


 あれは全部夢だったのかしら。

 それじゃあここは?

 ぐるぐると考えこんでいるとさっきの女の子と一緒におじいさんが部屋にやってきた。

 大柄でピシッと背筋が伸びだ白髪の老人は穏やかな笑みを口元に浮かべているのだが、老人の顔には抉られたような大きな古い傷があり、私は視線をそらせずにじっとおじいさんの顔を見つめてしまう。こめかみの辺りから斜めに三本の深く大きな傷が反対側の耳まで続き、瞳は真っ白で焦点が合っていなさそうなところを見ると目が見えていないのかもしれない。女の子に手を引かれてやってきた老人に「驚かせてしまったかな、お嬢さん?」と声を掛けれ、ようやく自分が失礼な行為をしていたことに気が付き慌てて謝罪した。


「すまないね、目が不自由なんだ。強面に見えるかもしれないが何もしないから安心してほしい」

「こちらこそ失礼しました……あの、すみません。ここは一体どこなのでしょうか?」

「そうか、お嬢さんは何も分からないままルークに連れて来られたんだね」


 ルーク君?


「せんせー、いすがあるよ。すわって」


 ルーク君の名前が出てきてもしかしたらと一つの可能性が頭に浮かんだ。続きを聞こうと思ったのだが女の子の可愛らしい声が響いて会話がストップする。


 女の子が部屋の隅に置いてあった背もたれのない椅子を引きずるようにして運んで来たのだ。立ったままになっているおじいさんのために一生懸命運んできたらしい。


「おー、ありがとう。ミーシャ」


 女の子の名前はミーシャというらしい。

 おじいさんにお礼を言われたミーシャは丸い頬を赤く染めてにこっと笑い、椅子に座ったおじいさんの横に立ってぴょこぴょこジャンプする。褒められて嬉しいと全身で喜んでいるようだ。

 ミーシャの可愛らしい行動に顔の筋肉がデロンと緩む。何て愛らしい。小さな子供には人々を和ませる力があると本気で思った。


「ミーシャ、飛び跳ねていてはお嬢さんがびっくりしてしまうだろう? 少しの間だけ静かに出来るかい?」

「はい、せんせー」


 ミーシャはシーっと唇の前で指を一本だけ立て、パタパタと私が寝ている側へと小走りでやってきてちょこんと寝台の上に座った。


「さて、お嬢さんのことだが……」

「あの、私ゆいと言います。お嬢さんと呼ばれる年齢でもないですので、どうか名前で」

「それではゆいさんと呼ばせてもらっても?」

「はい」


 この年でお嬢さんなんて言われるのはむず痒いものがある。


「遅くなったが私にも自己紹介をさせてくれ。私はこの孤児院の院長をしているノーシュという者だ」


 なぜ私がここにいるのか……ノーシュさんがことの経緯を説明してくれた。

 答えはどうやら私の予想した通りでルーク君が運んで来たらしい。さっきルーク君の名前が出てきたのでもしかしたらと思っていたが、やはりそうだったようだ。


 ここはルーク君が育った孤児院で、そしてこのノーシュさんがルーク君が言っていた優しいけど怒ると怖い院長先生なのだろう。



 それにしても……私、あの扉を通り抜けて異世界にやってきたのね。

 二人で試した時はルーク君の部屋から出ることが出来なかったのに、ルーク君はどうやってあの扉の向こうに私を運んだのだろう。



「もしかしてノーシュさんが怪我した私を治療して下さったんですか? そういえばルーク君からノーシュさんは治癒の魔法が使えると聞いたことがあります」


 あの時、夏希に刺された後。私は死を覚悟した。

 私を貫いた凶器は身体に深く突き刺さり、出血の量から考えてもきっと助からないレベルだったと思う。その私が今こうして生きている……ここが死後の世界じゃないなら助かった理由はノーシュさんの治癒の魔法のおかげなんじゃないかと思ったのだ。


 しかしノーシュさんはゆっくり首を横に振る。


「ルークがゆいさんを連れて来た時には本当に驚いた。私の見えない目でもルークの金色の魔力が見えた気がした……それくらいとてつもない魔力を纏っていた」

「ノーシュさんじゃない? ……それじゃあ私を助けてくれたのはルーク君ですか? ルーク君、前に治癒魔法はまだ使えないって言ってたんですけど……」

「ええ、貴女を助けたくて無茶をしたのでしょう。魔力酔いを起こしながら貴女を抱きかかえてこの孤児院にやってきたかと思ったら、意識が正常に戻るまで貴女を絶対に手放そうとしなくて大変だったんですよ。二人共血まみれで……何が起きたか分からず怪我の具合を確認しようにも強力な魔力を放っているルークに近寄ることも出来なくてはらはらしました」

「魔力酔い? それは一体……あの、ルーク君は無事ですか?」

「安心しなさい。ルークはすぐに正気を取り戻し、ずっと貴女に付き添っていたんだが今は騎士学校に行っている。朝も時間ぎりぎりまで貴女の目覚めを待っていたが、騎士学校の生徒として学校を休むことは許されないからね。ただ、あの様子じゃ学校が終わり次第急いで帰ってくるだろう。かなり心配していたからな」

「私、ルーク君にたくさん心配かけてしまったみたいですね」

「あんなに必死になっているルークは初めてだった……貴女はルークの大切な人なのでしょう。あいつが帰ってくるまでゆっくりしていて下さい。傷は塞がっていますが血が大量に流れたことは変わらない」

「……ありがとうございます」


 私はルーク君に助けられたようだ。

 向こうの世界のいざこざにルーク君を巻き込んでしまって本当に申し訳ないことをしてしまった。きっとルーク君驚いただろうな……

 私自身巻き込まれた側だと思っているが、ルーク君が助けてくれていなかったら私はきっと死んでいた。


「ルークおにいちゃん、すぐかえってくるよ。だから泣かないでミーシャとまとうね」


 どうやら幼子を心配させるような情けない顔をしていたらしい。

 寝台の上で膝立ちしたミーシャによしよしと頭を撫でられて少し複雑な気分になった。



 その後、私はうとうとと浅い眠りについたり起きたりを繰り返した。ノーシュが言ったように傷口が治ろうと身体はまだ万全の状態ではないらしい。

 ふと意識が浮上した時に私の手を握る大きな手があることに気が付く。今度はごつごつとした男の子の手だ。


「……ゆいさん、大丈夫ですか?」


 薄く目を開くと思った以上に近いところにルーク君の顔があった。


「ルーク君」

「……よか、った、本当によかった」


 大きく息を吐きながら私から顔を隠すように深く頭を下げたルーク君。泣き出す直前みたいに歪んだ表情は隠れてしまったが、小さく震える手がどれだけ私を心配してくれていたのかを伝えてくる。

 もしかしたら私はルーク君にトラウマを作ってしまったかもしれない。直前まで一緒に食事をしていた相手が血だらけで戻ってくるってトラウマにもなるよ。しかも死にかけているんだもん。


「ルーク君、ごめんね心配かけて……助けてくれてありがとう」


 鼻をすする音だけで返事はなかったが代わりにぎゅっと手を握る力が増す。

 逃がさないと言わんばかりに強く掴まれた手は正直痛かったが、そんな痛みよりもルーク君をここまで苦しませてしまったことの方が辛かった。


 ルーク君の手の上に私の手を重ね、命の恩人にもう一度ありがとうとお礼を言う。

 暫くしてノーシュとミーシャが部屋にやって来たのだがそれまでの間、私たちはずっと手を繋いだままだった。

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