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先にお湯を沸かし、マヨネーズだけ持ってルーク君の部屋に戻る。
その時に部屋の灯りをつけるのも忘れない。ルーク君も部屋が暗くなっていたので蝋燭に火を灯していたようだ。蝋燭の火だけではまだ薄暗いが、ルーク君の部屋で一緒に食事をするなら穴から入ってくる私の部屋の灯りだけじゃ暗いので仕方ない。
いずれルーク君の部屋に持ち運べる電気スタンドのようなものを買おうか……電気がなくても光るものならもっと良いのだけど。今度お店かネットで探しておこう。
持ってきたマヨネーズをルーク君に渡したのだが流石マヨネーズ大好きっ子。おかずクレープのような料理にマヨネーズを多めにかけて巨鳥の肉を大きな口いっぱいに頬張る。一口も大きいが咀嚼のスピードが早すぎて私が食べかけの料理にマヨネーズをかけている間に一つ目をペロリと食べ終えているのだから驚きだ。
本当にうっとりするくらいの食欲ぶりだ。
「あ、すみません。ゆいさんに食べてほしくて買ってきたのに俺ばっかりたくさん食べてしまって……」
二つ目を食べ終わり三個目に手を伸ばしたところでルーク君は頬を少し赤らめながら伸ばしかけた手を止める。私がまだ一つ目を半分くらいしか食べ終わっていないことに気が付いたらしい。
「いいのいいの! とても美味しいんだけど、流石にこの量は私には多すぎるもの。私のことは気にせずにルーク君はもっとたくさん食べた方がいいわ。足りなかったらまだ追加で私が何か作るから」
「でも」
「男の子はたくさん食べないと。我慢なんかしちゃ駄目だよ」
ルーク君は「はい」と頷き三つ目を手に取った。そもそもこれはルーク君が倒した巨鳥のお肉なわけで、ルーク君の成長の糧になるのがベストだ。ルーク君はきっと更に強くなるだろう。
私はゆっくり味わいながら残りを食べていたのだが、食べ終えたタイミングでお湯も沸いたみたい。台所にまた戻りマグカップを準備している時に部屋のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろう」
「お客さんですか?」
「そうみたい。ごめん、ちょっとだけスープ待っててね」
遅い時間というわけでもないが来客など滅多にない。
誰かと会う約束もしていないので思い当たる人もおらず、玄関の方に向かって誰がチャイムを鳴らしたのか確認するためにドアスコープから外を覗く。扉の向こうに背の高い男が立っていた。
まさかと思ったが本物のノアだ。最近話題に上がった人物だが実際に会うのは久しぶりで、まさかここにやって来るなんて思っていなかったため慌てて玄関の扉を開けるも、ルーク君の世界と繋がったままだったことを思い出し、うっかり部屋の中を見られないように後ろ手で玄関の扉をしっかり閉めた。
「えっと、ひさしぶりだね。ノア君」
「突然来てしまってすまない。どうしても会いたくてシズコにユイの家の住所を聞いたんだ」
美しい顔は昔のまま……いや実際に目の前で見ると美しさが増しているのが分かる。小さな顔に見上げるほど背が高く均整の取れた身体、吸い込まれてしまいそうなまるで深い海の青さを思わせる瞳が真っ直ぐ私を見ていた。
短い黒髪をセットし、高級そうなスーツ姿のノアはそこに立っているだけでまるで映画のワンシーンから飛び出してきたみたい。
「ユイ、僕と結婚してください」
わー、まるでプロポーズみたい。
あ、結婚を申し込むってことはプロポーズみたいじゃなくて実際プロポーズになるのか。
至寿子から話を聞いていたので冗談ではなく紛うことなきプロポーズなのだろうけど、突然なことが重なりすぎて頭に入ってこない。
そんな現実逃避をしていると目の前にずいっと薔薇の花束が現れる。咄嗟に差し出された薔薇を受け取り、そのまま玄関の扉に背中をぶつけてしまった。痛い。
「……あの」
「ナツキとのことをシズコから聞いたんだろう? 最初から全部僕が間違っていた。素直にユイに僕の気持ちを伝えればよかった」
「わ、わ! ノア君、近いよっ」
薔薇と一緒にノアが一歩近付いてきたため逃げ場がない。
「問題は全て解決すると約束する。だから僕の奥さんになってください。一緒にフランスへ……いや、ユイが日本で暮らしたいって言うなら僕が日本で生活してもいい。ユイと話がしたくて日本語を勉強したし、それなりに稼いでいるから不自由な生活をさせないと誓う」
本気の告白だ。
私も真剣に答えなければ……
「すみません。しーちゃんからも聞いたんだけどまだ信じられないというか……そもそもノア君は本当に私のことを?」
「ああ、君がずっと好きだった。どうか馬鹿な僕にチャンスをくれないか? ユイを絶対に幸せにするから」
離れようとせずに自分の気持ちを必死に言い募るノアと距離を取ろうと仰け反るが、ノアと扉の間に閉じ込められているためあまりに近い距離からノアと見つめ合うことになった。
ノアはこの距離感をおかしいと思わないのだろうか。
「気持ちは嬉しいですけど、ごめんなさい。無理です」
「なぜ? 理由を聞いてもいいか?」
「なっちゃんが妊娠していると言ってたわ」
フランス語だと思うがさっきまでの優しい声音と違い、怒りをあらわにして何か短い言葉を吐き捨てた。フランス語なので理解出来なかったがきっと口汚く罵ったのだろう。
ノアはその後すぐに困った顔になり、薔薇を抱えている私の手にそっと触れる。
「ナツキは妊娠なんてしていなかった」
「そうなの!?」
「ナツキの虚偽だった。今日病院で確認してきた……ナツキとは二度と会わない。彼女は人として許されないことをした」
ノアの話を聞いて頭が痛くなってきた。
「ごめんなさい、やっぱり私は」
結婚出来ませんときっぱり断るつもりだった。
夏希のこともあるが、ノアの隣にいる自分を全く想像出来ない。そんな相手と結婚出来るはずもない。
「NOならまだ返事は言わないでくれ。今日は僕の気持ちをユイに伝えられただけで充分だ」
「でも……」
「すぐに拒否はしないでほしい。少しずつで良いから僕を知って、これからの未来を考えてもらえないだろうか」
ノアなら望めばどんな美女とだって付き合えるだろう。
なぜ私みたいな平凡な女にこんな好意を寄せてくれるのか理由が分からず正直怖い。結婚詐欺ですよと言われた方が余程しっくりくる。
結局ノアに押しきられる形で、まずは友達として付き合うこととなった。




