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異世界の英雄を育てた私の晩ごはん  作者: 海野三矢子
一章 英雄、少年時代
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 翌日の昼頃にルーク君と待ち合わせをした。

 朝一番に孤児院に行き、院長先生に治癒魔法をかけてもらってから会う約束をしたわけだが、ルーク君の怪我は傷痕も消え、どこを怪我していたのか分からないくらい綺麗に治っていた。治癒魔法とはとても便利なものらしい。


 出かける前にサラダうどんを食べてから出発する。ルーク君には豚肉と野菜たっぷりのサラダうどんを作ったのだが、つるつるとすぐに完食してしまった。ルーク君の世界では昼頃には夏のように暑くなっているというからサラダうどんはぴったりだろう。麺類の食事を出したのは初めてだったのだが、異世界にも似たような料理があるらしく上手に箸で食べていた。めんつゆとマヨネーズで味付けをしたのだが、マヨネーズが大好きなルーク君はマヨネーズを多めに野菜の上にかけ、 それを口いっぱいに入れてもぐもぐ食べていた。

 麦茶を二人で飲み干してから私はルーク君の部屋へと移動する。


 いよいよ異世界の地に足を踏み入れる時がきた。

 まぁ、ルーク君の部屋も異世界なので既に足を踏み入れているだろうと言われればその通りなわけだが、ここから外に出るとなるとまた別のことだと思う。


「大丈夫かな、ちょっと緊張しているんだけど……」

「それなら俺が手を繋ぎましょうか? 少しは緊張がましになるかもしれないですよ」

「ううう、ありがとう」


 差し出されたルーク君の手をぎゅっと握る。

 ルーク君は私が落ち着くのを待ってくれていた。深呼吸をしてから「よし、いこう」と言うとルーク君が私の手を引いてくれる。こうして私は異世界へ一歩踏み出した……はずだった。






「駄目だったね」


 結論から言うと私はルーク君の部屋から出られなかった。

 扉を開き通路に出ようとしたものの、目には見えない透明な分厚い膜があるみたいに私の行く手は阻まれ、ルーク君の部屋から一歩も出ることが出来なかったのだ。何度か繰り返してみたがやっぱり無理らしい。拍子抜けしてしまった。たくさん緊張していたが、異世界がどんなところなのかわくわくもしていたらしい。思った以上にガッカリしている自分に驚いている。


 ルーク君は王都を案内してくれるつもりでいたらしく、今回の結果に肩を落とし、私以上に残念そうな顔をしている。これじゃあルーク君の学校交流大会の応援に行くのも諦めるしかない。

 その後も何となか部屋から出られないかと試してみたがやっぱり無理。その様子はありもしない壁を押すパントマイムをやっているようにしか見えない。ルーク君が私の部屋に入れないのと同じ感じなのだろう。


「怪我をしたら大変だからもう止めましょう。残念ですけど……」

「無理かー。ごめんね、ルーク君」

「やめてください、ゆいさんが悪いわけじゃないんですから。謝らないで下さい」

「うん……でも、見たかったな。ルーク君が活躍するところ」

「ゆいさんが近くで見れなくても応援してくれるだけで俺は頑張れます。ごめんなさい、俺こそ無理なことを言ってしまったから」

「いや、それこそルーク君が悪いんじゃないから! そっちも謝らないで」


 それからやることもなくなった私達はルーク君の部屋でアイスを食べることにした。

 コンビニで買っておいたちょっとお高めのソフトクリーム。手に触れる冷たい感触に瞳をパチパチさせ、恐る恐る一口食べたルーク君は満面の笑みを浮かべて口に広がる甘味に感動しているようだった。うん、買って良かった。ルーク君の世界にアイスのように冷たい甘味はないらしく、「とても美味しい」と言って少しずつ大事そうに食べている。

 大食いで早食いのルーク君にしては珍しい食べ方だ。

 よっぽど気に入ったのだろうけど、このままのペースでは確実に溶けてしまう。喜んでくれるのは嬉しいが、あまり食べるスピードが早いとは言えない私の方が先に食べ終わってしまったくらいにルーク君はちびちびソフトクリームを味わっている。


「あらら、ソフトクリームが溶けてきてるから急いで食べないと」

「いや、でも……」


 ちらちらと溶け始めているソフトクリームと私の顔を交互に見る。

 一気に食べてしまったら勿体無いとルーク君の心の声が聞こえてきそう。


「また今度食べさせてあげるから。床に落ちちゃったらそれこそ勿体無いでしょ?」


 はっとした表情になったルーク君は残りを一口で食べきった。

 床に落としてしまったら大変だと慌てて口に放り込み、溶けて手の甲に垂れてしまったクリームをペロリと猫のように舐める。

 赤い舌を出しているルーク君と視線が重なると、ルーク君は舐めた手を後ろに隠してピシッと背筋を伸ばした。


「ソフトクリームはどうだった?」


 聞くまでもないが一応ルーク君に質問する。


「……とても甘くて美味しかったです。俺この白いの好きです」


 行儀の悪いところを私に見られてしまい恥ずかしそうな顔をしたルーク君がこれまた最高に可愛かった。きゅんと胸が鳴り癒されるのを感じながら「そっか、よかった」と冷静なふりをするのが精一杯。

 ルーク君はクリーム系が好きなのかな。今度やっぱりケーキを作ろう、そうしよう。チョコクリームとかは好きだろうか。シュークリームとか……あ、和菓子系の甘味はどうかな。あんことかルーク君は気に入るだろうか。

 自分が作れる甘いお菓子のレシピを思い浮かべてみる。そして、それらのお菓子を美味しそうに食べてくれるルーク君を想像するだけで胸の底から温かくなった。


いやいや、いくら好きだと言っても甘いものばかりを食べさせるのは身体に良くないよね。

 栄養バランスの良い食事についてちょっと勉強とかしようかな。


「気に入ってもらえてよかった」

「……白くて、甘くて……少しゆいさんに似ています」

「えっ?……私がソフトクリームに?」

「あっ、いや、変な意味じゃなくて……あの、その」


 頬が少し赤らみ、不自然なくらい目が泳いでいる。

 一体何にそんな動揺しているのか分からないが、半袖シャツの袖から伸びる自分の腕を見ると確かに白い。昔から外を駆け回るよりどちらかといえば本を読んだりするのが好きな子どもだった。至寿子や夏希に外に連れ出してもらっていたので、今よりはもう少しは健康的な肌の色をしていた気もするが、社会人になり職場とアパートの行き来の時にしか日を浴びることのない生活が長かったせいで確かに自分の肌の色は白い。

 ルーク君の麦畑のように輝く瑞々しい腕と自分の腕を並べると対照的だ。

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