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ボウルの中に入っている合挽き肉と塩を粘り気がでるまでよく混ぜながらさっきのスーパーでの出来事を思い出す。
「……もー、何で私言い返さなかったんだろう。何も知らないなっちゃんにあんな酷いことを言われっぱなしのままにしておくから、なっちゃんも遠慮なくずけずけ言ってくるんだろうな」
卵、パン粉、牛乳、こしょう、炒めておいた玉ねぎを更に加えて混ぜ合わせ、大きなサイズのものを二つに小さいのを二つ。小判型に形を整えた。
熱したフライパンで両面を香ばしく焼き、それにホールトマト缶、しめじ、水、固形コンソメをいれて蓋をする。沸騰するのを待っていたら再び苛々が戻ってきた。
「あー、もうっ!」
冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注ぐ。
冷たい麦茶を飲んだらすっと熱が引いた気がした。自分には関係ないことだと言い聞かせ、スープを温めることにする。具がたくさん入ったコンソメスープを先に作っていたのだ。オリーブオイルとにんにくでベーコンそして野菜を入れて炒め、水とコンソメを入れて野菜が柔らかくなるまで煮るだけの簡単なスープだ。後は塩こしょうで味を整える。
そうしているうちにトマトソースの方が沸騰したので火を弱めてハンバーグを煮込むことにした。
ブロッコリーも茹でてあるからマヨネーズで食べよう。
とんとんと壁を叩く音が聞こえる。
ルーク君が呼んでいると慌ててお皿に盛り付けを始めた。
「お待たせー、ルーク君……って、その傷、どうしたの!?」
壁を開くとルーク君が床に座っていたのだが、可愛らしいルーク君の頬が腫れ上がっている。
悲鳴をあげて近寄ると頬だけじゃなく傷だらけで、腕には刃物でスパッと切られて出来たような切り傷まである。
「試験の後にちょっと色々あって……」
「色々って何があったの?」
傷口を一つずつ確認していくと頬と腕の怪我以外は大したことないようだ。
自分の部屋に戻り救急箱と冷凍庫で冷やしていた保冷剤をタオルでくるんで持ってくる。腫れた頬を冷やすようにと保冷剤をルーク君に手渡し、腕には救急箱に常備していた傷あてパッドを貼った。
「すみません。俺、まだ治癒魔法使えないんです」
「治癒魔法なんてのもあるのね……それにしても痛そう」
「これくらい平気です。それより、これを」
ルーク君がポケットから取り出したものを受け取る。
茶色い小袋で中に何か固いものが入っている。「あけてください」と言われ、小袋を開いてみると中に花の形をしたヘアピンが入っていた。
「わぁ、きれい」
可愛いヘアピンとルーク君を交互に見る。
「これ私に?」
「はい。安物ですみません……これしか買えなくて……いつもごはんを作ってもらっているお礼です。もしよかったらつけて下さい」
私の反応を凄く気にしいている。ちらちらと私の様子を窺い見てるルーク君の前で髪にヘアピンをつけてみせた。
私には少し可愛すぎるデザインな気もするがルーク君の気持ちが嬉しくて顔が綻んでしまう。手鏡を引っ張り出して自分の姿を見ると思った以上に似合っているかも。
「へへへ、どうかな? すごく可愛いね。とっても嬉しいよ! ありがとう」
緊張した面持ちだったルーク君がようやくふにゃりと笑った。
「……喜んでもらえて良かったです」
「でも私がもらっちゃっていいの?」
「ゆいさんにもらってほしい! ……です」
「本当にありがとう。大事につけるね」
髪についたままのヘアピンを指の先で宝物を触れるように撫でながらもう一度ルーク君にお礼を言う。
夏希にスーパーで会ってからずっと苛々していた気持ちが綺麗さっぱりなくなった気がする。もやもやした嫌な気持ちはルーク君によって浄化されたらしい。孤児だと言っていたルーク君の懐事情を想像したら、このヘアピンを準備するのはとても大変だったのじゃないだろうか。
安物だと金額の事を気にしているようだがそんなの全然関係ない。
そんなことよりルーク君にお金を使わせてしまったことの方が気になるよ。
「……とても嬉しいんだけど、私にお金を使わないでいいんだよ。大事に取っておいて自分のために使わないと」
ルーク君の気持ちはとても嬉しいのだがお金は大切なものだ。
私なんかのために無駄遣いしてはいけない。やんわりと注意するとルーク君は珍しく何か言い返したそうな複雑そうな顔をしている。
結局ルーク君は頷くだけで、口は開かず何も言わなかった。
こんなに嬉しいプレゼントをもらえるなんて思っておらず、驚いてしまってうっかり忘れていたのだが今日はルーク君の試験お疲れ様の料理を準備していたのだ。
「あ、そうだった! 晩ごはん食べようか。今日はねトマトの煮込みハンバーグ作ったんだよ。はいはい、テーブルのそっち側を持ってくれるかな?」
「はんばーぐ?」
「ふふふ、こっちの世界で人気の料理だよ。ルーク君も気に入ってくれるといいんだけど……」
テーブルをいつものようにセットしてから寒さ対策も済ませる。
スープと大盛りのご飯。そして煮込みハンバーグが入ったお皿とブロッコリーにマヨネーズ。
ハンバーグを盛り付けているお皿を見ていたルーク君に召し上がれと声をかける。するとすぐに「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。
初めて食卓にあげる料理がある時はルーク君の様子を観察して、好きな料理かどうかをこっそり確認している。
好き嫌いなく何でも食べるルーク君だが、やはり魚や野菜よりお肉が好きらしい。ハンバーグを口に頬張ってもぐもぐしている顔は唐揚げを食べた時に匹敵するかもしれないくらい輝いている。男の子ってやっぱりお肉大好きなんだな。
それにハンバーグはやっぱりご飯が進むよね。
次はデミグラスソースや和風おろし、チーズを中に入れて焼くのもいいかも。目玉焼きを乗せるのも美味しいんだよね。こんなに喜んで食べてくれるならまた後で作ってあげたい。
まだ箸を付けていなかった私のハンバーグも足しになればとすでに大きなハンバーグが一つ消えてしまっているルーク君の皿の上に移動させる。
「駄目ですよ! ゆいさんの分までもらえないです」
「いいの、いいの。作りながら色々摘まんで食べているから。もっと作ればよかったかな?」
「……本当に食べていいですか?」
「うん、もちろん! スープのおかわりならまだまだあるからね。お鍋いっぱい作っちゃったからおかわりしてくれると嬉しいな」
そう言うとルーク君は素早くスープを飲み干し、「おかわりください」と空になったお椀を両手に持って差し出してくる。相変わらずルーク君の小さな身体のどこにそれだけのごはんが入っているのか……口に入れた瞬間にどこか異空間に消えてしまったのではと疑いたくなるほどの大食漢だ。
おかわりと言われ、具を沢山入れたスープを台所から運んでくる私の口元には笑みが浮かんでいることだろう。




