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「……それで話って何?」
「さっきまで至寿子ちゃんと一緒にカフェにいたでしょ? いたよね?」
うふふと笑いながら夏希は知っているのよと首を少し傾ける。
まるで見ていたように言う。きっと私と至寿子が一緒にいるところを実際見ていたのだろう。その後、私を追いかけて一人になったタイミングで声をかけてきたのだとしたらここで会ったのも偶然ではない。
「一緒にいたけど。そういえばしーちゃんがなっちゃんと連絡取れないって困ってたから連絡した方がいいと思うよ。会う約束をしてたんでしょ?」
「あっそう。そんなこと今はどうでもいいのよ……それよりゆいちゃんはカフェで至寿子ちゃんに何を言われたの」
それが聞きたくて私の跡をつけてきたのか。
「最初に言っておくけど至寿子ちゃんが言ったこと、全部嘘だから信じないでね。私とノアの関係が気に食わないみたいで嘘ばっかり言い触らしていて困っているのよ。本当に酷いと思わない? ノアは私のことが大好きで、早く結婚したいってそればかり言っているのに周りが邪魔をするんだから……それにね、私のお腹にはノアの赤ちゃんがいるの。愛し合う二人はすぐに結婚するべきよね? ゆいちゃんもそう思うでしょ? 私ならきっと可愛いお嫁さんになるし、生まれてくる赤ちゃんはきっとノアに似て天使みたいな子よ」
組んでいた腕をほどき、愛しそうに自分の腹部を撫でている夏希。
さっき至寿子から聞いた話を思い出してしまい夏希を真っ直ぐ見れなかった。視線を外したまま「あー、そうだね」と適当に相槌を打つ。
晩ごはんに必要な他の食材を買ってさっさと帰ってしまおう。
「私まだ買い物あるから。それじゃあ、また後でね」
手を振ってさよならと離れようとしたのだが、ぶなしめじが並んでいる棚に向かう私の後ろを夏希はついてきている。
「ねぇ、ゆいちゃんは結婚しないの?」
本日二回目の結婚しないのかの質問に嫌な顔になってしまう。
至寿子は本当に私を心配して聞いてきのだと伝わったが、夏希の場合は違う。私を下に見たくて敢えて聞いているのだろう。ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながらされた質問は聞こえないふりをした。
「ねぇってば! ゆいちゃんは結婚しないの!?」
さっきより大きい夏希の声が響く。
本当に勘弁してほしい。ぶなしめじをかごに入れ、早足で夏希と距離を取ろうとしたのだが無駄だった。避けられていると分かっていても追いかけて来るのが夏希だ。ぴったり後ろから離れない。
「あー、そうか。ゆいちゃんの相手はもう結婚してるんだもんね。そりゃ結婚出来ないか」
「え?」
ずっと夏希を無視していたのだが、精肉コーナーで合挽き肉を手に取ったタイミングで呟いた夏希の言葉は無視出来なかった。
「本当にゆいちゃんっていやらしいよね。不倫なんて最低」
「……なっちゃん、何言ってるの?」
「私ね、ゆいちゃんの会社の人と知り合いなの。妻子のいる上司を誘惑して、振られたから会社に居場所がなくなって仕事も辞めたんですって? しかもその相手が社長の息子だったんでしょ。お金を持っている人だったら誰でも良かったのかな? あわよくば奥さんから奪い取る気だった? 私そういう考え方ってよく分からないわ。いくらお金を持っててもおじさんは無理だもの。やっぱりそういうことは好きな人が相手じゃないと」
夏希の酷い言葉に頭が真っ白になった。
ようやく会社のことや、嫌な上司のことも忘れて先に進めると思っていたのに悪意のある言葉が私の心を傷付ける。何も知らないくせに、悪いのは全部私と決めつけて喋っている夏希に言い返すことも出来ない。
「ゆいちゃんさー、本当にそういうの止めたほうがいいよ?」
「……そういうのって何よ?」
「男だったら誰でも良いのかもしれないけど誰彼構わず色目使うの止めた方がいいよ。ほんの少し優しくしてくれてもさ、ゆいちゃんのこと好きなわけじゃないんだからね……例えばだけどノアが優しくしても自分を好きだなんて勘違いしないで。ノアが愛しているのは私なんだから」
夏希が言いたいことは結局ノアに繋がる。
これも牽制のつもりなのかな。至寿子からもう全部話を聞いて知っているのに付き合うのも馬鹿らしい。夏希もノアも二人のことは二人で解決してほしい。私は関係ない。勝手に巻き込まないで。これを思うのも今日で何回目かしら。でもこれしか思い浮かばない。
巻き込まれていると思う度にノアと夏希に対する好感度は下がり続けている。夏希は私のことを牽制してくるが、正直もう私がノアのことを好きになることはないと思う。
「……ノア君に会うこともないから勘違いのしようもないよ。これから先も会う予定はないから」
「んふふふ、そうよね。ノアとゆいちゃんはこれから先一生会うことなんてないよね。ごめんね、ノアにまで色目を使われちゃったらどうしようって少し不安になっただけなの。私はノアもゆいちゃんも信じてるから」
「あっそう」
「ええ、信じてるわ。私を裏切ったら何するか分からないからね」
一瞬夏希から笑顔が消え、般若のような恐ろしい顔で睨まれた。
その後すぐに笑顔に戻るのだがさっきの表情が忘れられず背筋が凍った。夏希は本当に何をするか判らないぞという脅しを私に植え付けたことに満足したのか、「そろそろ至寿子ちゃんに会う時間だわ。もう行かないと……それじゃあゆいちゃんバイバイ」と手を振り軽い足取りでスーパーから出て行った。
私は暫くその場から離れられなかった。夏希のノアに対する執着は、私や至寿子が思っている以上なのかもしれない。




