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前回の軍曹といい今回といい、読む人を選ぶネタ申し訳ない

現在検索除外中の某作品の登場人物が出張りますが、あちらを読まなくても問題ありません

 姉とは暴君である。

 暴君とは理不尽の権化である。

 何が言いたいのかというと要するに、雑誌を読んでいた姉から唐突に


「このラムネ味のわらび餅食べたい。あんた作って」


 という無茶振りを食らったのである。

 食べたこともないものを作れとか無謀すぎるだろう、ということで、それっぽい代打品で手を打ってもらうことになった。

 元々、最近暑いので、涼し気なゼリーを作ろうと思っていたのだから、それで妥協してもらう。

 個人的な嗜好だが、食感の関係で俺はゼラチンではなくアガーを使う。

 アガーとは海藻の抽出物を原材料とする、ゼラチンと寒天の間のような、ぷるっとした独特の食感を出す凝固剤だ。

 常温で凝固するのが特徴で、一度凝固すると常温では溶けない。ゼラチンは夏場だと常温でも溶けるので、そういう意味でも使いやすい。

 後は砂糖とサイダーと色付用のかき氷シロップがあればいいのだが、生憎かき氷シロップとサイダーが我が家にないため、うだる炎天下に買い出しに行く羽目になった。コレも全て姉のわがままのせいである。

 ついでに他の足りない物を買い足すために、買い物リストを作成しようと冷蔵庫を開けて、ある事実に気付いた。気づきたくなかったが。


 シロップといえば、梅シロップ(梅ジュースともいう)から作った手作りカリカリ梅のことを思い出す。カリカリ梅。大好きなのに。

 そう、梅はいい。

 花は美しく、実は色々な物に加工できる。素晴らしい。実に素晴らしい。

 今年も、幼馴染より大量のおすそ分けを頂いた。ありがたい。感謝感激だ。

 勿論、タダで貰ったわけではない。労働力を対価にした。あれ、もしかしてこれアルバイト報酬?

 そもそも幼馴染の家は、専業農家というわけではない。ただの土地持ちだ。

 隠居して暇になった幼馴染の祖父母が、暇に任せて管理している田畑はあるが、遊休地の税金対策に梅を植えている場所が殆どであるらしい。なんでも、空き地にするより畑にしたほうが安くなるんだとか。よく知らないが。

 そして植えてあると、つい手をかけてしまう幼馴染一家の産出する梅は、これがまた実に美味なのだ。

 売り物になる、というか実際、請われて農協に一部卸しているらしい。

 そして大半はご近所に配る。梅の実そのままを配ることもあれば、加工品を配ることもある。問題は、此の加工工程だ。ここで人手が必要になる。

 この幼馴染、性格と行動に多大な問題あれど、憎めない人物なので、そこそこ人脈もある。その人脈を使い、加工後の梅酒やら梅ジュースやら漬物やら梅干しやらで俺たちを釣って手伝わせているのである。

 いや、釣られる俺たちが悪いんだけどね!?


 加工工程を延々描写してもいいのだが、思い出すと涎が口の中に満ちてくるので、やはり却下。

 では何故そんなことを今言いだしたかというと、つい一時間ほど前、俺の目の前で、俺お手製のカリカリ梅を食べて、幸せそうにしているナナちゃんを見たからだ。

 ちなみにこのカリカリ梅は、梅ジュース(の原液)を作った後の梅で作ったものだ。本当に梅は万能だと思う。主に食べる方向で。

 しかし何故そのカリカリ梅を、ナナちゃんが食べていたのか。

 外人さんに梅って食べさせてよいものなのか。とりあえず喜んで食べていたようだから、いいのかもしれない。しかし俺のカリカリ梅が、このままだと残らず駆逐されてしまいそうな勢いなんだが、俺はどうしたらいいのだろう。

 結構大量に作って冷蔵庫にストックしてあったのだが、彼女の後ろにストックバッグの残骸が、いくつか、見えた記憶があるが、あれは気のせいか。俺のカリカリ梅、そんな勢いで食べて大丈夫なのかこれ。ああ俺のカリカリ梅。

 しかし今、見る限り冷蔵庫内にカリカリ梅の影はない。ひとつもない。マジかおい。


 ちなみに市販のカリカリ梅だと、塩分が大変なことになるが、先程言ったようにこれは『梅ジュース(の原液)を作った後の梅』を砂糖漬けにしたものなので、ぶっちゃけ甘い。

 本来のカリカリ梅愛好家からしたら邪道かもしれないが、子供用おやつとして、幼馴染の祖父母に昔からもらっていたものなので、異端上等である。美味しいは正義だ。(問題はこれをカリカリ梅と表記していいかという点だが、食感はカリカリしているので許してほしい)

 まあ要するに『砂糖大量に使って漬けた代物』なので、大量摂取は女性としては危険なのではなかろうか、と思ったりする次第。でもそれを注進する度胸はない。

 後日、ナナちゃんが体重計に乗って泣くかもしれないが、俺の秘蔵のカリカリ梅を、無許可で貪り尽くした代償としては、軽いものではあるまいか。


 ……まあそれはともかくとして。

 買い物にいくついでに、幼馴染の家に寄っていこうか。もしかしてヤツの家に、カリカリ梅が少しくらい余ってるかもしれない。

 夏場はまた労働力が要る筈だし、今、ちょうど夏休みだし、今度農作業手伝うから、少しわけてくれと頼んでみるか。

 とりあえず近所のスーパーで先に買い物して、それから幼馴染の家に寄ることにする。サイダーと、ブルーのラムネ味のかき氷シロップ、砂糖はまだ家にあった。容器は昨年ネタでかったドラ◯エのスライム型製氷機があるから、あれを使おう。青色だし。

 後はパンとえーと……


「貴様はどこの主婦だ、哲」

 幼馴染の視線は、自転車の籠に釘づけだった。

 あれこれと買い込んだ結果、パンパンに膨れ上がったスーパーのビニール袋を籠に突っ込んだまま、幼馴染の家に突撃したら、奴はちょうど昼飯を食べ終わったところだったらしい。そういえば俺、まだ食べてないわ。

 空腹を実感した途端に、胃袋が激しく自己主張を開始する。

「ああ、うん。まだ素麺残ってるし、上がって食べてけ。ばーちゃーん、哲が腹へったらしいから、上げていいよね?」

 俺の返事も聞かず、幼馴染は家の中に向かって声をかけ、あっさり了承をもらう。まあこいつの家に上がるのに、今更遠慮などするわけがないのだが。

「お邪魔しまーす。って、出海、そういえば、いつもの二人はどうした」

 ちなみにこの、俺より頭一つ小さい幼馴染は、名を浦河出海(うらかわいずみ)という。言動・行動共に女らしさというものが欠如しているが、これでも一応生物学上は女である。恐ろしいことに。

 そしてこの『一応女』には、昔からよく一緒に暴れている仲間が二人いるのだ。

「哲は別の学校だから知らないか。最近ヒデジに彼女が出来て、サド男と三人でデートしてるっぽい」

 

 意味がわからない。


 一応補足説明しておくと、ヒデジというのは赤川秀治(あかがわひではる)、サド男というのは佐々渡(ささわたる)のことで、やはりどちらも俺の幼馴染だ。

 狭い地元なので、同じ年代の子供達は大概一緒に遊んでいたが、この三人は特によくつるんでいた。正確には、出海がこの二人を気に入ってよく引っ張り回していたともいう。

 まあそれはともかくだ。


「ヒデジに彼女ができたのはともかく、なんで三人でデート。サド男そんなキャラだったっけ?」

 

 俺の知るサド男は、面は無駄すぎるほど整ってるが、ぶっちゃけ女嫌いで性格が捻くれているヤツだったが、高校にいって変わったのだろうか。いやそれにしても何かが違う気が。


「んー。よくわからんけど、珍しくあいつも気に入ってるっぽいから、とりあえず放置……んにゃ、様子見してる。うん」

 要するに『面倒くさいから関わりたくない』ということか。

 こいつら、男二人に女一人という構成なのに、その間に恋愛感情はない。断言できるくらいにない。

 理由としては、この出海があまりに「女らしくない」からだろうか。高ニにもなって、未だに精神面がお子様同然というのも問題ありな気もするが。


 結局、素麺にサラダにタマゴ焼きまで付けてもらった。久々に他人の手作り料理を食べた気がする。おいしかったです、ご馳走様でした。

「何か用事があったんじゃないのか」

 満腹で満足してしまい、うっかり用事を忘れてそのまま帰りそうになった。迂闊。

「ああそうだ、出海、すまんが、カリカリ梅残ってたら少しわけてくんね? その代わり今度労働で返すから」

「はあ? お前あんだけあって足りなかったの?」

 大量に作った梅ジュースのことを思い出したのであろう、出海が目を丸くしてあんぐりと口を開く。

「あー、いや、その、俺だけだったら足りたんだけどな。ちょっとな」

 ナナちゃんの存在は、まだ公にしていない。不法入国とかの問題が発生しそうで、怖くて家の中で過ごしてもらってるのだ。

 だが、出海は何か別方向に誤解したようだ。

「ああ、姐御に喰らい尽くされたか。相変わらず大変だねぇ」

 しみじみと言われ、ちょうどいいので姉に罪を被ってもらう。日頃の行いが悪いからそういうことになるんだ姉よ。ざまあみろ。

 とはいえ、昔はともかく今の姉は、弟の食べ物を奪うということはしない。過去にちょっと色々あってやらなくなった。


 納得した出海が梅を取りにいってる間、麦茶で喉を潤しつつ何気なく室内を見回し……ふとマムシと眼が合った。

 生きてます。どうみても生きて動いているマムシinペットボトル。

 ちゃんと空気穴があいており、ペットボトルの半分くらいに水が貯まってる。そんな状態で閉じ込められているマムシ。

「出海ぃー、このマムシって今、糞出し中?」

 奥に向かって声をかけると、少し離れたところから返事があった。

「そうそうー。昨日捕まえたばっかだから触らないようになー」

 やはり出海の小遣い稼ぎであったらしい。


 すぐ傍に山がある田舎らしい地理条件故か、マムシは結構身近にいる。これを生け捕ってマムシ酒を作るのである。

 ちなみに生け捕り方は簡単で、マムシを見つけたら、頭を潰さないように踏む。決して裸足やサンダルでやってはいけない。靴でやろう。

 後は頭を掴んで、といっても力を入れ過ぎると腕に巻きついてくるので、このあたりの力加減は慣れだ。そして空のペットボトルに入れてしまえば捕獲完了だ。

 習性か、ペットボトルの口を近づけると自ら入っていくため、このあたりの捕獲は簡単だ。ただし、体の大部分が中に入ると、蓋を閉じる前に頭が飛び出してくる危険があるので、このあたりも素早い動きとタイミングが命になる。

 まあこんな感じで、見つけさえすれば割とあっさり捕まえられるのだが、やはり慣れの問題なので、そもそも蛇と無縁な暮らしをしている都会っこには無理かもしれない。

 

 さてこの捕獲したマムシ、すぐに酒に漬けるのではなく、今、出海がやっているように下処理が必要だ。これをしないとマムシ酒が非常に臭く不味くなるらしい。

 マムシは当然捕まえた当初は汚いし、腹には糞があるし、鱗の下にはヒルやらダニがいるため、まず綺麗にしなければならない。

 このため、生きた状態で先程のように溺れない程度に水をいれたペットボトルに仕込んで、水が汚れるたびに水を入れ替える。

 その間当然マムシは断食だ。でも水さえあれば、半年くらい生き延びるので問題ないそうな。

 出海の家では、念のため三ヶ月くらい糞出しして綺麗にしてから、アルコール度数35度以上のホワイトリカーに漬けるそうだ。

「30度以下だと腐るから注意ね。あ、この間じいさまがスピリタス試したいとか言ってた」

 アルコール度数世界最高値の酒によるマムシ酒……なんか怖い。

「しっかし、一般家庭でここまでやらかしてもいいのか。なんか法律に引っかからねぇ?」

「ああ、確か糞出しは、何かに引っかかるんじゃなかったかな。マムシ危険だし。でも我が家はじいさまが役所にいって色々話通してるぽいよ。退官して暇だったらしくて、色んな資格取りまくってたもんな」

 そもそも適当に歩いてて捕獲したマムシであるし、放置しててもそれなりに危険は危険なので、食用にするのが正解かも知れない。よく知らないが。

 ちなみに狩猟免許も持ってるので、冬場の狩猟解禁時期は、場合によって食卓には珍しい肉が並ぶこともあるそうな。

「地元猟友会から、ヒヨドリとかカモとかスズメとかよくおすそ分けもらうよ。羽毟るとこからやらなきゃならんけどな」

 今度の冬、また貰ったらお前さんにもわけてやろう、と言われたので、捌き済みのものをお願いしますと言ってしまった俺は悪くないと思う。

「ああでも、ヌートリアをもらったときは流石に衝撃だった」

 なんでも今年のニ月頃に初めて貰って、かなり躊躇したそうな。でも食べた。捕獲した命であるがゆえに、せめて食べることが供養だという日本人的思考から。

 そして美味しかったらしい。

「ヌートリアは罪の味だよ、哲。尻尾まで……いや尻尾こそ……」

 何を思い出しているのか、どこか遠い目で唾を飲み込んだ出海の横顔に、動物園でしかみたことのないヌートリアがちょっとだけ気になったのは、ここだけの話である。


 閑話休題。

 

 話が脱線し過ぎたものの、なんとか目当ての「甘いカリカリ梅」を分けてもらい、ついでにタッパーで漬物も貰った。

「らっきょう? なんという鮮やかなどピンク色」

「ただの梅酢漬けだし、色は赤紫蘇のせいだ。ちゃんと無添加で美味いぞ」

「無添加なのに、下手な食品添加物より毒々しいとは、これ如何(いか)に」

「文句は紫蘇に言え」

「そんな恐れ多い真似はできん」

 まあ出海の家の漬物ならばハズレはないので、有難く頂戴して帰路につく。


 そもそも切っ掛けは姉の「ラムネ味のわらび餅」だった筈が、気がついたら友人宅で昼飯を堪能しつつ害獣料理談義になっていた不思議。

 うん、全てはカリカリ梅が美味しすぎるのが悪いという結論。

 自転車を漕ぎつつ、なるべく早く家へ向かいつつ、この希少なカリカリ梅を、如何にしてナナちゃんに見つからない場所に隠すか、という新たなミッションが発生したことに思い至る。

 冷蔵庫は台所にしかないし、常温で保管するわけにもいかない。うわあどうしよう。

 悩みつつも自転車は無事我が家に到着し、特にカリカリ梅を守り通す手段も思い浮かばないままに帰宅。

「ただいま」

 その瞬間、よくネットスラングで目にする「くぁwせdrftgyふじこlp」を無理やり音声化したらこうなるんじゃないかという感じの、絹を引き裂く女の悲鳴によって俺は出迎えられた。

「何事!?」

 声のした居間へと飛び込んでみると、涙と涎を垂れ流しながら口を押さえてビクッビクッとリビングをのたうちまわっているナナちゃんと、それを冷静に見下ろしている姉、という恐ろしい光景が飛び込んできた。

 何故ここに駆けつけてしまったの俺、今すぐ(きびす)を返して立ち去るんだ俺。

 そう思いつつも、姉の背後から立ち上る怒りのオーラに気負されて、身が竦んで一歩も動けなくなる。


 一体何があった。


 ナナちゃんに対してはとても寛容な筈の姉を、ここまで怒らせるとか、本当にマジで何をしたナナちゃん。

 

「おかえり、哲。ナナちゃんねぇ、カリカリ梅がすぅっっごく気に入ったらしいわよぉ?」

 

 ちなみに姉も、甘いカリカリ梅が大好きである。

 それ故に大量に造り置きして、しばらく堪能できるようにしていたのだ。

 ああ、うん、姉が怒ってる理由よくわかった。


「だから、そんなに好きならって、コンビニで新しいカリカリ梅を買ってきてあげたの。そしたら、こんなに感激しちゃって。フフ」

 

 感激、そうか感激か。あの涙と涎と鼻水と痙攣は、感激のあまりなのか。

 ナナちゃんは多分今日、カリカリ梅を生まれて初めて食べたのであろう。

 そしておいしくておいしくて、家中の在庫を食べ尽くした。

 それをみた姉が、ナナちゃんのためにと『市販のカリカリ梅』を買い与え、ナナちゃんはそれを疑いもせずに食べた。というのがこの状況の真相であろう。

 すまんなナナちゃん、うちのカリカリ梅は特別『甘い』けど、市販の『世間一般のカリカリ梅』は……いや、敢えて語るまでもないことだ。彼女も身をもって知ったことだろう。

 俺は、のたうち痙攣するナナちゃんに合掌し、姉に今からリクエストに着手する旨を伝え、台所に向かった。

 

 ちょっとだけ胸がスッとしている俺も大概いい性格をしているが、今回珍しく乗り気で、姉のわがままを叶えてやる気になったのは確かである。


 

 

 


 


 

 



食い物の恨みは怖い

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