第四話:『星の見えない夜の、光のような夜明け』
1. ハルの視点
季節がひとつ巡る頃、僕は一つの短編小説を書き終えた。
かつてのような華やかな文学賞ではない。WEBの片隅に投稿した、文字通り「たった一人」に向けて書いたささやかな物語だ。
だけど、その反響は僕の予想を遥かに超えていた。
『心が救われた』『不器用だけど、一番大切な人と読みたくなった』
画面の向こうから届く温かい読者の声。かつて信じることが怖くなって逃げ出していた僕の言葉が、確かに誰かの心に届き始めていた。
それでも、僕にとって一番大切なのは、世界中でたった一人の評価だ。
「アキ、これ」
深夜二時。いつものように疲れ果てて帰ってきたアキに、僕は印刷したばかりの原稿を手渡した。
「今あなたに伝えられるだろうか。不器用な僕だけど、ちゃんとあなたに届くように」
アキは目を丸くしながらも、嬉しそうに原稿を受け取り、いつもの狭いコタツの席に腰掛けた。
ページをめくる彼女の横顔を、僕は祈るような気持ちで見つめる。
それは、激務に擦り切れる彼女を救うための物語。
何気ない日々の中にあった僕たちの幸せと、彼女が僕にくれた生きる力。そして、今度は僕がその手を握りしめて、一緒に未来へ歩いていくという、僕からの不器用なラブレターだった。
原稿の最後のページがめくられたとき、アキの目からポロポロと大きな涙がこぼれ落ちた。
けれど、それはあの夜の壊れそうな涙じゃない。
僕がずっとずっと焦がれていた、あのひまわりのような笑顔だった。
2. アキの視点
ハルから手渡された原稿を読み進めるうちに、私の胸は温かい何かでいっぱいになっていった。
そこには、私たちが過ごした何気ない日々が、ハルの優しい言葉で鮮やかに描かれていた。
半分こしたコンビニのアイス。
私が隠していた仕事の辛さ。
そして、あの夜、ハルが私を抱きしめてくれた時の、彼の胸の鼓動まで。
「……ずるいよ、ハル。こんなの、泣いちゃうじゃん」
涙で文字が滲んでしまう。
ハルは照れくさそうに頭を掻きながら、でも、まっすぐに私の目を見て言った。
「アキが描いてくれた未来の落書き……俺、本気で叶えようと思ってるから。だから、もう一人で抱え込むな。どんな明日が来ても、俺が隣にいるから」
その言葉を聞いた瞬間、私の心に深く居座っていた「明日への恐怖」が、嘘のように消えていくのが分かった。
都会の空は相変わらず曇っていて、今日も星は見えない。
けれど、もう寂しくなんてない。私の目の前には、世界で一番頼もしい、私だけの光があるから。
「うん! 私も、ずっとずっと、ハルの隣にいるよ」
ハルが手を伸ばし、私の手をぎゅっと強く握りしめてくれた。
その手の温もりを感じながら、私たちは声を合わせて笑った。
通り過ぎていく何気ない日々の中に、私たちの幸せは確かにあった。
そしてこれから始まる新しい日々の中にも、それはきっと、形を変えて存在し続ける。
信じられる。僕らはまたここで、何度でも笑えるんだと。
―― おわり ――




