ずさんな国家の死角で、子供銀行(ネオバンク)は根を張る
ゴードン老人に最初の融資(ネオ・コインの付与)を行ってから数ヶ月。
『ネオ・フロンティア・バンク』の口座開設者は、ひっそりと、だが爆発的に増え続けていた。
「アルト、ゴブリン討伐の報酬送金、30件完了したわ! あと、スラムの八百屋からネオ・コインの決済システム導入の申請が来てる!」
「よし、承認して専用アプリの権限を付与しろ。親父たちは物流ルートの確保だな」
ボロ納屋の熱気は凄まじい。
俺とクロエは自作キメラ魔導PCの前に張り付き、親父たちは外で実働部隊として走り回っている。
顧客のほとんどは、ゴードンさんのような「王立ギルドから見捨てられた高齢冒険者」や、「インボイス未登録で干されたフリーランス」たちだ。彼らがネオ・コインを使ってスラムの店でポーションや食料を買い、店側はそのコインで俺たちの物流網から安く商品を仕入れる。
法定通貨を一切介さない、完全な『内輪の経済圏』。
だが、その取引量はすでに限界ニュータウンの規模を覆い尽くそうとしていた。
「ねえ、アルト」
冷や汗ならぬ「冷却用の井戸水」を拭いながら、クロエが不安そうに聞いてきた。
「こんなに勝手に独自のお金を流通させて……王国の連中、怒り込んで来ないの?」
「来ないさ。少なくとも、今はまだな」
俺は魔導板のモニターから目を離さずに笑った。
「王国の官僚どもは今、魔王軍が仕掛けてくる『フェイク映像のサイバー攻撃』の処理と、破綻寸前の年金システムの言い訳を考えるのに必死だ。何せあいつら、いまだに税金の管理を『羊皮紙の手書き台帳』でやってるような超アナログ国家だからな」
そう、この王国の管理体制は驚くほどずさんだ。
彼らの監視の目は「王都の巨大商会」や「何万ゴールドという大きな金の動き」にしか向いていない。
限界集落のボロ納屋で、ガキと落ちこぼれ冒険者たちが「実体のない謎の電子コイン」をスマホでやり取りしているなんて、彼らからすれば『子供のままごと(どんぐり銀行)』にしか見えていないのだ。
「俺たちが扱ってるのは、王国が定義する『通貨』の法律の網の目をすり抜けた、ただの暗号データだ。あいつらのポンコツな監査システムじゃ、このデータの動き(トランザクション)を捕捉することすらできない」
「なるほどね……。舐められてるからこそ、見逃されてるってわけか」
クロエが悪戯っぽく笑う。
「ああ。だが、この『透明な時間』は永遠じゃない。いずれ俺たちの経済圏がデカくなりすぎれば、嫌でも王国の目に留まる。それまでに――」
俺は、画面の隅に表示されている【借入残高:99,850,000 G】の数字を見た。
ネオ・コインの取引手数料(ガス代)として徴収した微々たる利益を、自動で少しずつゴールドに変換し、借金の返済に回している。まだ雀の涙だが、確かな一歩だ。
「それまでに、国庫すら脅かすレベルの『巨大な経済基盤』を完成させる。見つかった時にはもう、王国側が俺たちに依存して手出しできない状態にするんだ」
ずさんな管理国家の死角で、芽吹いたばかりのネオバンクは深く、静かにその根を張り巡らせていく。
一億ゴールドの重圧を跳ね返すための、見えない侵略が進行していた。




