最初の顧客と、独自の『経済圏(エコシステム)』
『ネオ・フロンティア・バンク』開業初日。
限界集落のボロ納屋を改装した店舗で、俺たちは最初の客を待っていた。
「……全然来ないわね。スライムゼリー1年分じゃ、パンチが弱かったかしら」
クロエが、魔導PCの冷却用に汲んできた井戸水で手を冷やしながらぼやく。
「焦るな。王立ギルドの理不尽な審査に泣いてる奴は、このニュータウンに腐るほどいるはずだ」
俺がそう答えた直後。
ギィィ……と、立て付けの悪い扉が開いた。
「あの……表の看板、本当かね? スライムゼリーと、その……『融資』ってやつは」
現れたのは、傷だらけの古い鎧を着込んだ、白髪と白い髭の老人だった。腰は少し曲がっているが、その眼光には歴戦の鋭さが残っている。
「ゴードンさん!? あんたほどの人が、どうしてこんな所に……」
クロエの親父(元・凄腕冒険者)が、驚いて立ち上がった。
ゴードン。かつては最前線で名を馳せたベテラン戦士らしい。
だが、彼は深くため息をつき、テーブルにサビかけた剣を置いた。
「恥を忍んで頼みに来た。……王立ギルド銀行で、ポーションを買うための小口融資を断られたんだ。『御年75歳、年齢制限による返済能力の欠如』だとさ。おまけにインボイス未登録だからって、ギルドのクエスト報酬も3割カットされちまった」
ゴードン老人はギリッと唇を噛む。
「儂らはまだ戦える。最前線は無理でも、村の周辺のゴブリン狩りなら十分こなせるんだ。だが、初期投資の回復ポーションすら買えなきゃ、外にも出られん……」
「なるほど」
俺は頷き、キメラ魔導PCのキーを叩いた。
「年齢や肩書きだけで一律に弾く。いかにも王立ギルドらしい硬直化した審査モデルだ。……だが、うちは違う」
俺は、親父たちが足で稼いだ『現場のデータ』と、ゴードンの過去のギルド履歴をAIで照合し、独自のアルゴリズムで計算を走らせた。
「過去50年のクエスト成功率98%。装備の修繕履歴から見る物持ちの良さ。そして何より、この限界集落の若手に対する無償の剣術指導……」
ピロリンッ。
画面に弾き出された数字を見て、俺はニヤリと笑った。
「審査完了。ゴードンさん、あなたの独自の『信用スコア』はAランクです。希望額の融資、即決で通しますよ」
「ほ、本当かね!? しかし、担保にするような土地も財産も……」
「担保は『あなたの腕と信用』です。ただし――」
俺は、王国の法定通貨ではなく、魔導板の上に表示された『青く光るコインのマーク』をゴードンに見せた。
「融資はゴールドではなく、うちの銀行が発行する暗号通貨『ネオ・コイン』の電子送金で行います」
「ねお・こいん……? なんだそりゃ。そんな得体の知れない金で、道具屋がポーションを売ってくれるのか?」
「ええ」と、今度は俺の親父が一歩前に出た。
「俺が昔から付き合いのあるスラムの道具商や、廃業寸前の鍛冶屋に話をつけてあります。『ネオ・コイン決済なら、ギルドに払う仲介手数料がゼロになる』ってね。だから彼らは、このコインを喜んで受け取りますよ」
ゴードン老人の目が、驚きで見開かれた。
そう、これが俺の狙いだ。
ただ金を貸すだけじゃない。俺たちが発行したコインで買い物ができ、そのコインでクエスト報酬が支払われる『独自の経済圏』を作る。法定通貨の異常なインフレに巻き込まれない、俺たち貧困層だけの新しいシェルターだ。
「さあ、ゴードンさん。魔導板を出してください。まずはアプリのインストールから教えますよ」
かくして、ネオ・フロンティア・バンクは最初の顧客を獲得した。
「年齢」というステータスで切り捨てられたロートル勇者たちが、スマホ片手に独自の暗号通貨で経済を回し始める。
一億ゴールドの借金返済に向けた巨大な歯車が、今、確実に回り始めた。




