魔王は最後の神殿を選ぶ
階下で巨大守護獣が完全に消え去ると、ガリウスたちの近くに天井から光が差した。
このフロアへ導いた円柱状の光と同じで、アオもすっぽり入るほどの大きさだ。
(さすがに邪魔をするのは諦めたか。いや、まだ油断はできないな)
ガリウス一人だけを導くような『意志』が確かにあった。
エルザナードはそれが何かを知っている風で、おそらく対話も可能な存在だろう。
リッピとククルに目配せする。
アオが二人の指示に従い、光の円柱に入った。
ガリウスが遅れて足を踏み入れると、みなの体がふわりと浮き上がり、そのまま上階へと引き寄せられていった。
最上階は下ほど広々とはしていない。アオがいるとやや窮屈に感じられるほどだ。
例によって制御装置がある。
台座の上に球体が浮かび、その周りを帯状の魔法陣が囲っていた。
ガリウスは歩み寄り、球体に手のひらをかざす。静かに触れた、次の瞬間。
「だれ!?」
「ガリウスさん、後ろです!」
二人の声に、球体に手を添えたままゆるりと振り返る。
若い男女がいた。ガリウスとアオたちとの、その間にだ。
ともに黒い詰襟のパンツスーツを着ている。
男は短髪で頰がややこけており、うっすら笑みを湛えていた。
女は長い黒髪を後ろでひとつに束ね、切れ長の目を含めて感情というものが読み取れない。
「いろいろ邪魔していたのはお前たちか」
「そうだ、と答えておこうか。しかし、最初の質問がそれとはね。我らが何者なのかは聞くまでもない、と?」
「知らんよ。が、今の答えでおおよそ把握した。この神殿……いや七大神殿を管理する者たち。あるいはその配下だな。で? わざわざ姿を晒したなら俺たちに何か用があるのだろう?」
ガリウスは冷たい感触を手のひらに感じながら、応じた男の方に鋭い視線を突き刺す。
答えたのは女だった。
「貴方以外に用はありません。彼らをこちらまで招き入れたのは、貴方が意固地であるため仕方なく、です」
ガリウスは一瞥しつつ、二人を観察している中で妙な点に気づいた。
(うっすらだが透けているな)
かすかではあるが、向こう側にいるアオの体が彼らを透過して見えている。
「お前たち、精霊か何かなのか?」
無表情の女の眉がぴくりと跳ねた。
「あれは『箱庭』の不具合によるイレギュラー。正規の手順で複製されたものならともかく、同一視されるのは心外ですね」
と、男の方が肩をすくめて言った。
「いや、すまないね。我らに感情はないのだが、そう見せるよう設計されているんだ」
順を追って話そう、と襟を正した。
「我らはお察しのとおり、七大神殿を管轄する汎用自律型人工知能……まあ、わかりやすく言えば魔法科学により生み出された擬似人格だ。この姿は接触対象――すなわち君たちが違和感なく我らと話をするためのものだよ」
ガリウスはにらむようにして続きを促す。
「本来我らは七大神殿を攻略したのちにのみ、攻略者の前に現れる。報酬その他、もろもろを伝えたり調整したり、ね。そしてここアベリア神殿は最終到達点――であるはずだった」
真摯に視線を跳ね返す男に、女が割って入る。
「正常な判断力を持つ者なら『箱庭』の外にある神殿は最後に回すはずです。しかしルクシアが海の底に沈んでいる現状、アベリアを先にするのも致し方ないでしょう」
男が苦笑いしながら言葉を継ぐ。
「ルクシア神殿は健在だ。しかし海の底に沈んだため、攻略には想定外の危険が伴う。そこで我らは考えた。『当初の予定どおりアベリア神殿の攻略をもって、七大神殿の完全攻略と認定してよいのではないか』とね。もちろん、上司は説得済みだ」
彼らの背後、アオの上でリッピとククルの表情がパッと明るくなった。
だがガリウスは険しい顔を崩さない。
「ここの攻略中に邪魔をしてきたのはなぜだ?」
女が応じる。
「ひとつだけとはいえ神殿攻略を免除する以上、ここで最終試験をする必要がありました。貴方一人で挑んでもらい、その実力を計りたかったのです」
「ところが君は我らの想像を超える形でここに辿り着いた」
男が大仰に両手を広げた。
「合格だよ。君こそ七大神殿を攻略し、三賢者に代わり『箱庭』を統治するに値する傑物だ!」
だから、と。
男は一転して冷たい視線を突き刺す。
「無駄な干渉はやめることだ。先ほどから神殿システムへなんらかの介入を試みているようだが、中枢へのアクセスは誰であろうと受け付けない。たとえ虹色に至った【アイテム・マスター】であってもね。それは実証済みだ」
どうやらそのようだ。
かつて最初に攻略したイルア神殿でも、制御装置の先にあるモノへ干渉を試みたが、それが何であるかを分析することすらできなかったのだ。そして今も。
ガリウスは聖剣からの反応を探りながら、球体から手を離す。
「『箱庭』と言ったな。それはこちらから見て大山脈の向こう――俺たちが暮らしていたあの世界のことか」
「そうだ。そして七大神殿を攻略した者には、『箱庭』を統治する権利が与えられるのだよ」
「統治……。俺に王にでもなれと? 間に合っているのだがな」
「亜人たちの長とは規模が違うよ。それに今、『箱庭』の中はこれまでにないほど混乱している。君のせいで、とは言わないが、あの混乱を治め、恒久なる平和を築いてほしいのだ」
「興味がない。俺としてはもはやあちらと関わりたく――」
「亜人たちとの平和な世界」
「……」
男が柔らかな笑みを作る。
「君が望めば、それも叶う。永久にね」
「永久、だと?」
男は大きくうなずく。
「たしか『反魂の秘法』だったか、そちらではそう呼ばれていたかな。君も実際に見たはずだ。精霊などという不確かな状態とは違って、肉体へ精神を転移させる技術がある。もちろん肉体はこちらで用意する。姿は君の希望に極力合わせようじゃないか」
聖剣が、かすかに震える。
怪訝そうな顔をしていたと感じたのか、女が割って入った。
「貴方の懸念は理解しています。亜人が迫害されるに至った根本原因は容易には取り除けません。しかし我らのサポートがあれば――」
「ひとつ、勘違いをしていないか?」
ガリウスの言葉に、女は口をつぐみ、男もまた沈黙で応じた。
「たしかに俺は亜人たちの平穏な未来を望んでいる。そのためにここまで来たのも事実だ。だが俺は確信しているんだよ。『人』はけして亜人たちとは仲良くできない。同族であっても国を分ち相争うのが、俺たちの本質だ」
これまで散々見せつけられてきた上での結論だ。
個人として亜人に友好的な者はいる。そういった人物が国の上に立つ間は、迫害も鳴りを潜めるだろう。だが個人の善意だけで人の社会そのものが変わるわけではない。代が替われば偏見は再び顔を出す。
いや、たとえ不滅の存在が統治しようと、燻り続けた悪意はいずれ爆発するだろう。
ガリウスは、そう諦めていた。
何事か言おうとする女に先んじて、ガリウスはたたみかける。
「だから『箱庭』とやらの中で人がこの先どう進もうが俺には興味がない。むしろ関わりたくはないんだよ。そもそもお前たち、嘘は言っていないが本当のことを言うつもりもないんだろう? そんな連中を信用できるとでも?」
二人は押し黙っている。
「俺はね、真実が知りたいんだ。恩恵システムとはなんだ? お前たちが作ったものだろう? なぜ人には与えて亜人には与えなかった? そのせいで不当な扱いを受け続けていた亜人たちを放置していた理由は? 不確かな未来を語る前に、せめて貴様らの不手際を弁明してみせろ!」
返事があるとは思わなかった。そも期待はしていない。
ガリウスは男女の向こう側、リッピとククルを見た。悲しそうに目を伏せている。
振り返り、再び制御装置の球体に手を触れた。帯状の魔法陣がぐるぐると回転を始める。
≪おめでとうございます。貴方を七神殿のひとつ、〝アベリア〟の主として登録しました≫
いつもはこれで終わるアナウンスに続きがあった。
≪未登録の神殿は〝ルクシア〟ただひとつです。そこで貴方はしギギピイイイイーーー≫
異音がしばらく続いたのち、ぴたりと止まる。
「よほど俺に知られては困ることがあるようだ。そしてそれは、ルクシアを攻略すれば明らかになる。違うか?」
背で告げるガリウスに、男が応じた。
「ルクシアに行けば、帰る術はないぞ」
聖剣が、わずかに揺らぐ。
男は先ほどまでの朗々とした声から一転、重々しく言葉を紡いだ。
「これは脅しではなく、純然たる事実だ。すべてを知った君を〝聖域〟から逃すわけにはいかなくなるからな」
「俺を拘束でもするのか?」
「我らでは物理的に君を拘束はできない。だが制御装置の転移機能を使用不能にすることはできる。今それをしたところで、聖剣で壁を破ればここは脱出できるだろう。しかし最後の神殿が海に沈んだルクシアならばそれも叶う。先に攻略しなかったのは、我らにとって幸運と言わざるを得ないな」
「ルクシアに行かせたくないならこの時点で使用不能にすべきじゃないのか?」
「ここがアベリアでなければそうしていたかもしれないな。これについては我らにとって不運としか言いようがない」
「なるほど、逆上した俺がこの神殿を破壊しては困る、というわけか」
ガリウスが振り返る。どこかすっきりしたような笑みを浮かべていた。
「なんだ、ちゃんと感情があるじゃないか。すくなくとも俺にそう感じさせる今のような話ぶりだったなら、建設的な会話ができていたかもしれないな」
もっとも、とガリウスは肩をすくめる。
「俺の結論は変わらない。真実を知り、その内容によって以降の行動を決める。君の立場なら今後も邪魔をしてくるのだろうが、お手柔らかに頼むよ」
リッピたちを呼び寄せ、制御装置の転移機能を起動する。
遺跡の外に持ってきた別の制御装置を転移先に選択した。
「残念だよ」
か細い声をかろうじて拾い、ガリウスたちは光の渦に飲まれていった――。




