魔王は問いに答える
四つ足の獣。しかして首から上は人のそれだ。
ところどころ無造作に包帯を巻いた姿は、遺跡内の守護獣の長にふさわしい。
その体躯は伏せていても十メートル超はある。天井まで余裕はあるものの、立ち上がればその限りではないだろう。
目を閉じ、ただ佇んでいる。
ガリウスたちが近寄っても微動だにしなかった。
「死んでるのかな?」
「もしかして、ただの像でしょうか?」
ユニコーン・フェンリルのアオの上で首をかしげる二人。その傍らに、ふわりと人影が舞う。
『スフィンクス、と呼ばれるものらしいですよ。旅人に難題をふっかけて、答えられなければ食べてしまうとか』
どきりとする二人をくすくすと見やる。
「よく知っているな。どこで得た知識だ?」
『さあ? どこだったでしょうか』
エルザナードはすいーっと体を流していく。
(なるほど。奴らは会話が可能、ということか)
ガリウスは聖剣を構える。
妙だった。
攻略情報によれば、アレはアベリア神殿を守る最後の関門――巨大守護獣で間違いない。そしてその巨大守護獣は、エルザナードが語ったように『侵入者に問いを投げかける』とあったのだ。
が、今のところ一向に口を開く様子がない。
これまでのように、何者かの邪魔によるものである可能性は高かった。
ガリウスはもう一度、辺りを見回す。
高い天井。広すぎるほどのフロア。
足元を踵で弾いた。
ここへ至る下の階と、硬さは変わらないように思える。
(スペリア遺跡の巨大守護獣は広範囲攻撃を仕掛けてきたが……)
蜘蛛のような形の巨大守護獣が、光弾をいくつも放ち、ドーム状の壁に反射して四方八方から襲いかかってきた。
あれと同じものであれば、リッピたちを守りながらでは立ちいかないだろう。
(だがこの広い空間では不規則な反射は利用できない)
アオの素早さとリッピの風魔法、ククルの棒術なら対応できる。
さらに言えば、フロア内で魔法弾を乱射すれば壁が持たないはずだ。逆にガリウスは遺跡が多少崩れても、最上階の制御室が完全に破壊されなければ問題はなかった。
聖剣の力をある程度は解放しても大丈夫だろう。
いまだ微動だにしない巨大守護獣を見据える。
(どのみちこいつを倒さなければ先へは進めない)
なら考える余地などないのだ。
アオが数歩、後じさった。
リッピとククルが息を呑む。
ガリウスは前を見据えつつも、周囲への警戒を密にしながら聖剣を横に薙いだ。
光刃が突き進む。
まっすぐ巨大守護獣の頭部へ向かっていた。
カッ、と。
巨大守護獣が両の眼を開いた。双眸が金色に輝くと、眼前に円形魔法陣が現れる。
バシィィイインッ!
破裂音とともに光が弾ける。
光刃と円形魔法陣はその瞬間に霧散した。
(手加減はした。だがあちらの防御もそれに合わせたと見るのが妥当か。さて、変化はあったが、どう出る?)
身構えたまま見据えていると、ギョロリと大きな瞳がこちらへ向いた。
バキバキバキバキ。
巨大守護獣の体表がひび割れ、パラパラと砂つぶを落とす。
ゆっくりと、その前脚が動き出した。
バキバキと巨躯が鳴り、全体が持ち上がっていく。
伏してなお見上げるほどだったものが、高い天井に届かんばかりに威容を示す。
「でっかあっ!」
「首が痛いですぅ!」
アオの上からでも二人は仰け反るほどだ。
「来るぞ! 避けろ!」
予備動作はなかった。
立ち上がって落ち着いていた砂つぶが、微かに量を増やしたのをガリウスは見逃さなかったのだ。
アオが反射的に横に跳んだ。
リッピの反応は遅れたものの、ククルがリッピに抱きつき、片手でアオの体毛をしっかり掴んでいた。
ガリウスは逆に飛ぶ。
その間を、疾風のごとく巨大な物体が駆け抜けた。風圧でアオがよろめく。
「うわっ、また来た!?」
「はわわわわっ!」
巨大守護獣は床を抉りながら急停止。ぐるりと機敏に反転すると、アオへ目掛けて再び突進してきた。
圧倒的質量による突進。
単純であるが厄介この上ない。
スペリア遺跡の巨大守護獣のような広範囲攻撃は威力が低い分、多少はその身に受ける覚悟さえあれば対応はできた。
「うわっとぉ!」
「ま、また来ますぅ!」
だが防ぐ手立てがない以上、この攻撃には「逃げる」以外の選択がない。
相手が疲れるか、こちらが疲れるか。
いや、遺跡が在る限り、あの巨大守護獣が疲れるとは到底思えない。
だが。
「俺を忘れてもらっては困るな」
ガリウスが飛んだ。
最大速度で肉薄する。聖剣を握り締め、首と胴の付け根を斬りつけようと――。
ぐるん――カッ!
「なにっ!?」
巨大守護獣は突進したまま顔だけをガリウスに向けた。双眸が光を放つや、聖剣の刀身が今まさに切り裂こうとした場所に円形魔法陣が出現する。
ガキィイイィンッ!
魔法陣は砕け散ったものの、聖剣の軌道はそこで止められた。ガリウスも衝撃から体勢を崩される。
「ガリウス! ボクたちは大丈夫!」
「避けるだけならまだなんとかなります!」
「アオーーーンッ!」
頼もしい言葉に、ガリウスは気と体勢を持ち直す。
今度は真後ろに回りこんで斬りかかった。
ぐるん、と頭を百八十度回してくる。
ガリウスは高度を下げ、巨大守護獣の足元へと即座に移動する。
が、その最中、またも両目が光ると。
「くっ!」
死角から脚を狙ったものの、またも硬い魔法陣に防がれた。
それだけではない。
「ならこっちからだ!」
リッピが叫ぶ前にはもう、手にしたシルフィード・ダガーで風刃をいくつも生み出して放っていた。しかし、
「気持ち悪っ!?」
「こっち向きました!」
どうやって攻撃を察知したのか、正面に向き直るや目を光らせる。
上下左右から襲いくる風の刃を、同じ数だけ円形魔法陣を出現させて防いでいった。
(では、これではどうだ?)
ガリウスは側面へ移動する。
聖剣を地面に叩きつけた。床が抉られ、塵埃が巨大守護獣の視界を塞ぐ。
ひと突き。
間髪容れずに飛びかかったものの、やはり輝きの直後、円形魔法陣によって阻止された。その間にも、巨大守護獣はアオを追い続けている。
(なるほど。『見た』対象に防御魔法陣を張るのではないのか)
どうやら顔の動きに意味はないようだ。
防御のタイミングとして両目が光るのは確定だが、巨大守護獣は視覚でこちらの状況を把握しているのではない。感覚的な何かか、もしくは別の視点から覗いているか。
後者なら一帯を塵埃で隠せば、とも思うが、仮に前者だった場合にこちらが詰む。自分たちの視界だけがふさがれてしまうからだ。
ガリウスはアオたちを援護しながら、周囲に視線を巡らせた。
天井にも近くの壁にも、別視点と思しきものは見当たらない。隠しているとしても、何かしらの痕跡はありそうなものだが。
(では何かしらの感覚か。しかし音、体温、魔力……候補はいくらでもある。確認するには時間が足りないか)
仕方がない、とガリウスは大声で指示を飛ばす。
「壁に向かって走れ!」
アオはその意図を瞬時に理解したようだ。
突進を避けながら巨大守護獣を誘導し、近くの壁面へ近づいていく。
ガリウスの援護もあり、アオは壁を背に巨大守護獣に正対した。
ギリギリのところでひらりと身を躱す。
これで巨大守護獣は壁に激突し、あわよくば壁を突き抜けて外へ――との目論見は。
カッ!
壁面との間に大きな円形魔法陣が瞬時に現れる。
衝突はしたものの、魔法陣が弾け飛んだだけで壁は無傷。巨大守護獣も、何事もなかったかのようにアオへ体を向けた。
「ま、当然だな」
直進する巨大守護獣を誘導し、壁に激突させようなんて誰でも思いつく。対処していないはずがなかった。
「だが、さすがにこれは想定していないだろう?」
巨大守護獣が走り出す直前。
ガリウスは聖剣を思い切り振り抜いた。
巨大守護獣の目が光る。
淡々と、事務的に。
今度も自身を護るべく、それでいていくつかの攻撃パターンを考慮してか、側面と上部を覆うように複数の魔法陣を並べた。
ところが聖剣から放たれた特大の光の砲弾は、巨大守護獣の一歩先へ到達する。狙いは、床だった。
巨大守護獣ではなく、床を狙った攻撃が防がれなかったのは確認済みだ。
大爆発が巻き起こる。
床が広範囲に抜けた。
壁の下側付近も破壊され、外の景色がわずかに覗く。
巨大守護獣の突進は止まらない。いや、止められない。
「それはさっき壁の手前で急停止できなかったことから明らかだ」
抜けた部分を飛び越えようとしたのだろう、しかし崩壊しかけているところに力をこめたため、当然のように床はさらに崩れていった。
ゆらりと大きく前に傾き、巨大守護獣は階下へと落ちていく。
ガリウスはその様子を見下ろしながら、再び聖剣を振りかぶった。
「目は光らないか。どうやら、そうなっては防ぐ手立てがなくなったらしいな」
何かしらの感覚器官ではなく、フロア内にだけ別の監視システムがあったのか。
あるいはフロア外では専用の感覚器官が正しく動作しないのか。
「ま、いまさら確かめるまでもない」
聖剣を振り下ろす。
先ほどと同じほど大きな光弾が撃ち落とされた。
巨大守護獣の目は光らず、防御魔法陣は現れず。
轟音と爆風が暴れる中で、
『其は……荷か……翼、か……』
微かな声が届いた。
「さて、『其』が何を指すかは知らんが、この場に『荷』などない。俺は空を飛ぶアイテムを装備しているが、『翼』と呼ぶには趣に欠けるな」
ガリウスは肩をすくめて続ける。
「もっとも、崩れゆく君に回答する意味はなかったかな」
胴に大穴が開いた巨大守護獣に言葉を落とす。その巨躯が少しずつ崩壊していくのを眺めながら――。




