魔王は道を斬り拓く
再開します。六年ぶり……。
完結までは考えてあります。
轟音が響く。
聖剣の一閃は固い壁を粉々に粉砕した。
塵埃が落ち着くと、アオの巨躯も楽々通れるほどの大穴が開いていた。
「相変わらず無茶するなあ」とリッピは苦笑い。
「だ、大丈夫でしょうか? 遺跡が崩れてきたりは……」とククルはおろおろと頭上を見回す。
「心配はいらない。この程度で崩れるなら遺跡とは呼べないさ」
「でも変だね。外からは壁を壊して中に入れないんでしょ?」
「強度から推測した限りの話でね。聖剣でもギリギリと見積もったんだ。それほどの強度を中の壁にまで適用できるのは魔力量的に無理があった、ということだろう」
ガリウスは言うや駆け出した。
リッピとククルがアオの背に飛び乗ると、アオは一度鼻を鳴らしてガリウスに続く。
「もしかしてだけど、このまま壁を壊しながら進むの?」
ガリウスは答える代わりに聖剣を振るう。
再び壁を破壊し、その先へ走った。
アオが並走するのを待って、口を開く。
「この遺跡を管理している者たちの意図が読めた。どうやら俺一人だけを招いているようだ」
戻る道は開かれ、食事と水も与えられる。
一方で先に進もうとすれば邪魔ばかり。
「それってただ『帰れ』って話じゃないの?」
「帰ったところでやることは変わらない。けっきょく次は『俺一人で挑む』以外にないからな」
「つまりガリウスさん以外は『お帰りください』ということですか? どうして……」
ククルが哀しそうに目を伏せる。
「さてね。それを確認する意味でも、強引に押し通ろうというわけだ――ふんっ!」
聖剣を振るうたび、壁を破壊し進んでいく。
「ぼ、ボクたちはいっしょに行っていいのかな?」
「ガリウスさんだけをお招きしているのなら、わたくしたちはお邪魔では?」
そうかもしれない。が、
「どうにもやり方が気に入らない。この手の相手にはね、経験的に『思惑に乗らない』のが最適解なんだよ」
ガリウスは悪戯っぽく笑うと、
「すこし派手に行く。リッピは風で塵埃を吹き飛ばしてくれ。壁の破片が飛んでくるだろうから、ククルはそれの対処を頼む」
聖剣を低く構えるや、二人のうなずきを背に感じながら剣を振り抜いた――。
『……なんて粗野で乱暴な男なのでしょう。壁を壊して進むなど、品性の欠片もない』
『君の言う「格」には程遠い、かな?』
『当然です。アレを世界の王などと――』
『だが彼は君が用意したふたつの道を選ぶことなく、第三の道を切り拓いた。〝王〟とは斯くあるべきなのではないかな?』
『……まだ、判断するには早い。言いましたよね? 私の好きにすればいい、と』
『ああ、君が納得するまで続けるがいいさ』
声が止まった。
そうしてガリウスたちの行く手に、新たなる異変が生まれる――。
幸いにも上階へ続く階段の位置は攻略情報のまま変わっていなかった。
三つ目の階段を見つけたところで、すこしだけ息を整えようと立ち止まる。
「あ、ガリウス見て! 壁が」
振り向くと、今しがた破壊した壁の断面が蠢いていた。ぼこぼこと隆起して、穴をふさいでいく。
「勝手に直ってくれるのは助かる。これで心置きなく壊しまくれるというものだ」
「端から直す気なんてないクセに」
和やかな笑い声が生まれたものの、
「ってぇ!? ガリウスさん、あちらもふさがりそうですけれどもぉ!?」
ククルが頓狂な声を上げて指差す先。
上り階段も同じく蠢いていて、行く手を文字通りふさごうとしていた。
「もはや自らの思惑を隠す気もない、か。どうやらかなり焦ってきているようだな。ま、想定の範囲内だ」
ガリウスは涼やかに言うと、目線を上げた。
「遺跡自体が再生するとわかった以上、もう遠慮はいらないな」
「? 天井になにかあるのですか?」
「ちょ、ガリウス? まさか……」
聖剣を引き絞る。
刀身が光り輝いた。
その場で上段に振り抜くと、光の刃が天井へ向け突き進んだ。
「修復されるより先に上りきるぞ!」
ガラガラと崩れ落ちる天井の轟音を吹き飛ばすように叫ぶや、先行して跳んだ。
「前が見えないよー。だ、か、らぁ!」
リッピは短剣を振るって風を生み出し塵埃を切り拓く。
「アオ、リッピさん、防御はお任せを。えいっ! やあっ!」
ククルが長い金属棒を軽々と振り回し、落下する瓦礫を弾き飛ばす。
先行するガリウスは大きな瓦礫を剣で砕いていた。
(壁のときより修復が早いな。さすがにこれをやられては、なりふり構ってはいられないか)
ふたつ上の階の天井が半ば元に戻ったところで、ガリウスは降りそそぐ瓦礫を砕くついでに再びの光刃を撃ち放つ。
「スピードを上げる。ついてきてくれ」
もとより置いていく気はさらさらない。
相手の思惑には乗ってやらない。
天井をひとつ越えるたび、さらに跳躍する。聖剣を振るい、次なる天井を穿つ。振り返りはしないが、リッピとククルの元気な声が一定の距離を保っているのを確認していた――。
二色の声の一方が。
『さて、最後の関門――の、ひとつ手前までご到着のようだな』
『……』
『予想外の展開ではあったが、準備自体は間に合った』
『……』
『これで彼ひとりしか〝上〟へは行けなくなったはず。だというのに――』
『……』
『君は何を恐れているのかな?』
返事はない。
ただ沈黙が流れていくだけだった――。
広い空間だった。
今までとは違い、天井がやけに高い。五階、あるいはそれ以上にも感じられる。
壁もない。
暗闇ではないものの、先が見通せない不安がリッピやククルからも伝わってきた。
「さすがにあそこまで跳び上がるのは無理でしょうか?」
アオの跳躍力ではギリギリ届かないといったところか。ガリウスは飛べるので問題ないし、リッピの補助があればなんとかなりそうではある。だが――。
「ねえガリウス、あれって何かな?」
天井付近にはキラキラと光る無数の〝なにか〟が飛び回っていた。
幻想的に見えはするものの、
「おそらくは金属片だな」
突風の中で暴れ回っているようだ。
遺跡内での『金属』である以上、神位鋼や幻想鋼、不砕鋼なんてこともあり得る。
「下手に飛びこめば数秒で肉片になりかねないだろう」
リッピとククルが顔を青くする。
(もっとも俺なら聖鎧に守られているし、聖剣で道を拓いて上階へはたどり着けるだろうな)
が、やはりリッピたちを連れて行くのは無理があった。
(さて、なら正攻法でいくべきだろうが……)
ガリウスは周囲を見回す。
つられてきょろきょろしていたククルが声を上げた。
「あっ! あそこがほんのり光っています」
指差した先に目を凝らせば、ぼんやりと白い光が見て取れた。
辺りを警戒しながら慎重に進むと、
「床に、魔法陣ですね。それにこれは……」
ククルがアオの上から覗き見る。
床に直径一メートルほどの円形魔法陣が描かれ、薄ぼんやり光っている。
そして外周が二メートルほどの高さまで光を放ち、光の円柱を作っていた。
「攻略情報では、これが上階への入り口になる。もっとも、本来であればこんなに狭くはないはずだがね」
正確な大きさが示されていたわけではない。ただ制限が記されてもいなかった以上、一人サイズが正規の状態だとは思えなかった。
「ガリウスが先だと、次からは動かなくなっちゃうかもだね」
「ではわたくしから行きましょうか。アオは残念ですけれど」
アオは額の角が床につくほどうなだれる。が、次の言葉に首を勢いよく持ち上げた。
「いや、全員で行く」
ガリウスは魔法陣に近づくと、膝を折って手をついた。
「やはりな。魔法ではあるが、けっきょくこれ自体がひとつの装置――つまりはアイテムに他ならない。ならば――」
深く、意識を床に沈めていく。
「どう使うかは俺が決める」
起点は魔法陣の直下。複雑な回路に、遺跡から魔力が流れて動力としている。
術式も複雑怪奇。もともとガリウスは魔法の仕組みそのものに疎いが、魔法研究に命を注ぐムーツォや彼が率いる研究員たちでも解読は難しいだろう。いや、彼なら嬉々として寝る間も惜しんで解析するだろうが。
もっとも、難解な術式を理解する必要はない。
自身の恩恵【アイテム・マスター】に身を委ねてしまえば――ただ命じてしまえばいいだけなのだ。
利用対象の条件を緩和――【アイテム・マスター】所有者とその同行者で、人数に制約はなし。
転送場所を変更――拒否。機能的にひとつ上の階の所定の場所のみにしか送れないため。
上階の状況を確認――最終フロア。それ以上の情報は皆無。
(最終フロア、か。攻略情報のとおりなら、巨大守護獣が一体だけで守っているはずだが……)
魔法陣の光が増す。
その直径が大きく広がった。アオもすっぽり入れるほどだ。
円柱状の光の帯も輝きを強くし、天井へ向けて一気に伸びた。
相変わらず天井付近の風と金属片の乱舞は続いているものの、光の円柱はそれを寄せ付けない。
「準備は整った。では、行くとするか」
ガリウスに促され、リッピとククルを乗せたアオが円柱の中に入っていく。
すかさずガリウスも入ると、魔法陣が浮き上がった。
魔法陣は足場となって三人と一匹を乗せ昇っていく。
「ぶ、ぶつかりそうだけどぉ!?」
「勢いは弱まっていますけれども!」
しかし天井に見えたところを素通りし、すぅーっと静かに停止した。
「うわあ、さっきと同じくらい広いところだね」
「明るいですね。そして、えっと、あれって……」
二人、ごくりとのどを鳴らした。
アオは牙を剥いて威嚇する。
「ああ、この遺跡――いや、神殿を守る、最後の守護獣だ」
巨大な物体が鎮座していた――。




