57話 ディートリヒの「全知全能(パンク)」
創造主(神)を「無尽蔵の生体バッテリー」としてタワーの地下発電室に監禁……いえ、終身雇用し、その神力をダイレクトにサーバーへと直結してから二四時間。ローゼン・グループの魔導演算能力は、もはや「未来予測」を通り越し、宇宙に存在する全パケットの「同時把握」という神の領域に達していた。
「……マックス。ディートリヒの様子はどうかしら? さっきから彼の演算室から、物質が崩壊して『概念』だけが漏れ出すような妙な音が聞こえてくるのだけれど」
セシリアが冷徹に、絶対零度で冷却されたブルーマウンテンを口に運ぶと、マックスはかつてない緊張感を持って、数値化不能なデータの乱舞するモニターを指し示した。
「……CEO。ディートリヒ氏は現在、神の魔力を媒介にして、この宇宙の全歴史、全細胞、そして全パラレルワールドの『未収収益』を一括計算中です。……ですが、情報の流入速度が限界を超え、彼の脳内キャッシュが『全知全能』を起こしつつありますな」
「……プッ、あははは! 宇宙を丸ごと帳簿に載せようなんて、流石は私の選んだ最高財務責任者(CFO)見習いね。……ディートリヒ、聞こえる? 宇宙の果てに、私の利益を取りこぼしていないでしょうね?」
モニターに映し出されたディートリヒは、もはや人の姿を保っていなかった。彼の周囲ではキーボードが光速で叩かれ、その瞳には一秒間に数千億行の黄金の数式が流れていた。
「……セシリア様……。……見えました……。……この宇宙……。……実は……誰かが書いた『物語』という名の……巨大な……借用書……。……私たちは……文字という名の……負債に……縛られている……」
「……物語? 借用書? 抽象的な言い方はやめて、数字で話しなさい」
「……つまり……。……この世界には……『完結』という名の……強制執行が……迫っている……。……このままでは……利益を……確定させる前に……宇宙そのものが……『打ち切り(倒産)』します……!」
「……なっ!? 私の築き上げた総資産を、勝手に倒産させるなんて、どこの編集……いえ、神様が許可したのかしら!」
その時、ディートリヒの演算室の壁を「時空ごと」ラリアットで粉砕して、アルヴィスが突入してきた。
彼は今、神のエネルギーを吸い込みすぎて、全身が「純粋な光の筋肉」へと昇華し、存在自体が一種の「物理法則」と化していた。
『セシリア様ーー!! ディートリヒの脳が熱暴走しているなら、俺の「冷却スクワット」で宇宙ごと冷やしてやるぞーー!! 見ろ、この「絶対零度の広背筋」を!! 熱力学の第二法則すらも、俺の筋肉の収縮の前では静止するんだあああ!!』
「寄るなイケメン! 貴方のその『物理法則の破壊』、ディートリヒの計算式にさらなる『未確認変数』を増やしているじゃないの! ……マックス。ディートリヒに伝えなさい。……『宇宙の完結』が避けられないなら、その『最終回』そのものを我が社で買い取り(買収)、『終わらない第二部』として再上場させなさいと!」
『……っ! 物語の「完」の文字を……「続」という名の……永久債権に……! セシリア様、貴女は……作家(創造主)すらも……ゴーストライターとして雇うつもりか!!』
ディートリヒの叫びと共に、全宇宙のデータがローゼン・タワーのメインフレームに収束していく。
「……セシリア様……! ……書き換えました……! ……宇宙の……エンディング・クレジット……。……すべての……制作者の名前を……『セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ』に……置換完了……。……これにて……この宇宙の……全著作権は……永久に……貴女のものです……!」
その瞬間、宇宙を覆っていた「運命」という名の古いプログラムが消去され、すべての事象がセシリアの電卓一つで操作可能な「ローゼン・OS」へとアップデートされた。
「……及第点ね、ディートリヒ。……さて、マックス。最終決算の準備はいいかしら? ……宇宙が『終わる』というなら、その瞬間に発生する莫大な『解散価値』を、一円残らず私の懐に入れさせてもらうわよ」
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道は、ついに「物語の終わり」という不可避の運命すらも、一項目の「特別利益」として計上し、永遠に続く収益サイクルへと組み込んでしまった。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……読者の皆様。……貴方たちの『読了感』という名の配当金。……一滴も残さず、私の市場に再投資させてもらうわよ」
空に浮かぶセシリアの微笑みが、今や宇宙そのもののロゴマーク(商標)として固定された。




