52話 国家予算を「全額投資」に回した結果
皇帝ルーデンスに「名刺交換の五段階お辞儀」をマスターさせ、彼のマントをワックスがけ用の最高級モップとして減価償却してから三日。私はガリア帝国の金庫から回収した「国家予算」という名の、あまりにも眠っているだけの資金を眺めていた。
「……マックス。この一〇〇兆ガリア・マルク。ただ金庫に置いておくだけでは、紙屑を飼っているのと変わらないわ。……ガリアの国民たちが一生懸命納めた血税だもの、有効に『溶かして』あげましょう?」
私が冷徹に、一〇〇兆の目録を扇子で仰ぐと、マックスは無表情にモニターを切り替えた。
「……CEO。現在のガリアの国庫は、維持管理費だけで年間二〇%が目減りしています。……そこで、この一〇〇兆円を全額、我が社の『垂直離着陸型・多目的魔導ロケット』の開発資金へと全額ベット(投資)いたしました。……ガリアの軍事予算は、今日から『宇宙開発事業費』に科目を振り替え済みです」
「……プッ、あははは! 国を守るための盾(予算)を、星を突き抜ける鉾に変えるなんて! ……最高に『攻撃的な』財政再建ね。……ディートリヒ、開発の進捗は?」
モニターには、今や「宇宙開発局(NASR)」の局長代理へと担ぎ上げられたディートリヒの、さらに深刻になった隈が映し出された。
「……セシリア様……。……ガリアの全予算を……燃料に変換……しました……。……今……私の背後で……国家三〇〇年分の富が……轟音を立てて……燃えています……。……これ……一秒間の燃焼で……ガリアの小学校が一〇〇校……建つ計算……です……」
「……素晴らしいわ、ディートリヒ。……三〇〇年分の歴史を一瞬の閃光に変えるなんて、最高のラグジュアリー(贅沢)じゃない。……ルーデンス支店長代理、貴方の国の予算が今、夜空の星になろうとしているわよ」
隣で名刺の束を数えていたルーデンスが、泡を吹いて倒れ込んだ。
「……ば、馬鹿な……。我が国の防衛予算が……ただの『火遊び』に……っ! 国民になんと説明すればいいのだ……!」
その時、宇宙センターの射場から、アルヴィスの筋肉の唸り声が通信網を通じて響いてきた。
彼は今、ロケットの「補助ブースター(人力)」として、巨大な噴射口を素手で支えていた。
『ルーデンスーー!! 予算の重さを知れーー!! 俺の広背筋が、ガリアの国民たちの『納税の痛み』をダイレクトに受け止めているぞーー!! この一〇〇兆円の熱量を、俺の「パンプアップ」に変換して、大気圏を筋肉で突破してやるぞおおお!!』
「寄るなイケメン! 貴方のその『人力点火』、精密な軌道計算(ディートリヒの仕事)を全部『気合』で書き換えるのはやめて! ……マックス、アルヴィスの噴射効率を『国家防衛費の節約』として計上なさい。……核弾頭を作るより、アルヴィスを宇宙に打ち上げる方が、よっぽど抑止力になるわ」
『……っ! 俺自身が……一〇〇兆円の最終兵器に……! セシリア様、俺は今、地球の重力すらも『低コスト』だと感じているぞおおお!!』
轟音と共に、ガリアの予算を燃料にしたロケットが空へと消えていく。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道は、一国の富を「成層圏の外側」へと追いやり、人々に空を見上げる(=下を見ない)ことを強制する。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……ルーデンス。……宇宙から撮影した『ガリアの領土写真』を、限定NFT(デジタル資産)として高値で国民に売りつけなさい。……自分たちの税金で作った写真を、自分たちの金で買い戻す……。……これこそが、完璧な『経済の循環』よ」
「……あぁ……。……セシリア様……。……貴女は……悪魔ですか……?」
「……失礼ね、ルーデンス。……私はただの『効率的な経営者』よ」
不敵に笑うセシリア。
ガリア帝国は、その歴史のすべてを燃料として消費し、ローゼン・グループの「宇宙進出(グローバル展開)」という壮大な夢の糧となった。




