48話 四天王の「コンプライアンス研修」
魔王軍のオークたちを「時給換算の物流ドローン」へと改造し、魔王サタンを「年中無休のカスタマーセンター長」へと降格させてから三日。ローゼン・タワーの第13研修室では、かつて世界を恐怖に陥れた「四天王」たちが、冷や汗を流しながら机に向かっていた。
「……火炎将軍フレア。貴方、今さっき配布した『ハラスメント防止ガイドライン』の第4条、声に出して読んでみて」
私が冷徹に、指示棒で黒板を叩きながら告げると、全身から火の粉を撒き散らしていた巨漢が、蚊の鳴くような声で応えた。
「……『……部下に対して、物理的な火炎放射をもって指導を行うことは、パワーハラスメントに該当する。指導は論理的なフィードバック(口頭)に留めること』……。……セシリア様、しかし、魔族の掟では……」
「……プッ、あははは! 掟ですって? そんな『初期投資』も回収できない野蛮なルール、我が社の就業規則で上書きしてあげるわ。……いい? フレア。部下を一匹焼くごとに、我が社の『人財資産』が一〇〇万ローゼン毀損するのよ。……貴方のその、無駄な火遊び。……一回につき一〇万ローゼンの『損害賠償金』を給与から天引きしてあげましょうか?」
「……っ! す、すみません……。以後、部下には『適切なコーチング』を心がけます……」
隣では、氷結の魔女セレナが、モニターに映し出された「経費精算画面」の前で絶望していた。
「……セシリア様。この『勇者を足止めするための吹雪』……。……消耗品費(魔力触媒代)として落とせないのですか……?」
「……却下よ、セレナ。……勇者一人を止めるために、周辺の農作物を一〇億ローゼン分も凍死させるなんて、ROI(投資対効果)が悪すぎるわ。……これからは、吹雪を吹かせる暇があるなら、その冷気を『ローゼン・データセンター』のサーバー冷却に回しなさい。……一キロワット時あたり、五ローゼンの『社内通貨』で買い取ってあげるわ」
「……世界を凍てつかせる私の魔力が……電気代の節約……(コストカット)……に使われるなんて……」
そこへ、研修室の壁を「ラリアット」で粉砕しながら、アルヴィスが突入してきた。
彼は今、研修の『実技教官』として、「コンプライアンス」と書かれた巨大なハチマキを腹筋に巻いていた。
『四天王よーー!! 精神だけでは足りないぞーー!! コンプライアンスを守るための「忍耐力」は、大腿四頭筋の筋持久力から生まれるんだ!! さあ、反省のスクワット一万回だ!! 法を守る喜びを、乳酸の痛みと共に刻み込めーー!!』
「寄るなイケメン! 貴方のその『ハチマキ』、腹筋に食い込んで文字が『コンプラ……』で止まっているじゃないの! ……マックス。アルヴィスのこの過剰な熱量を、四天王たちの『圧迫面接(ストレス耐性テスト)』として数値化なさい。……アルヴィスの咆哮に一分間耐えられたら、正社員登用を検討してあげてもよくてよ」
「……承知いたしました。……計測を開始します。……現在、四天王たちの精神的疲労度は、魔王軍が滅亡した時を超えましたな」
『ぐあぁぁぁ!! 耳が……耳が筋肉の鼓動で……!!』
『セシリア様!! もう……もう「火炎放射」はしません!! 適切に……適切にフィードバックしますからぁぁ!!』
阿鼻叫喚の研修室を後にしながら、私は優雅に扇子を広げた。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道は、人類の脅威すらも「マナー研修」という名の洗脳……いえ、教育によって、従順な「中間管理職」へと作り変えていく。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……マックス。……更生した四天王を、来月の『就職フェア』のイメージキャラクターとして売り出しなさい。……『魔族でもホワイト企業で働ける』。……このキャッチコピーで、安価な魔族労働力を大量に囲い込むのよ」
「……雇用市場の独占ですな。……流石はCEO。……魔界の失業率をゼロにし、代わりに全魔族を『ローゼン・ライフ』という名の永劫の労働に縛り付けるおつもりですか」
不敵に笑うセシリア。
かつての殺戮者たちは、今や「名刺交換」と「メールの署名設定」に命を懸ける、忠実なサラリーマンへと進化(退化)していた。




