44話 窓際族の「座談会」
モップ一本で広大なロビーの清掃ノルマを課され、アルヴィスの筋肉摩擦熱で乾燥肌になったエリオットを、私は次なる「不採算部門」へと異動させた。
ローゼン・タワー44階。そこは、戦略的放置、あるいは社会的隔離を目的とした部署——通称**「歴史遺産保存(窓際)課」**である。
「……マックス。あの『不良債権』の様子はどうかしら? 新しい職場(流刑地)には馴染んでいるようね?」
私が監視モニター越しに、特製の魔導カカオを口にしながら問いかけると、マックスは眉一つ動かさずに映像を拡大した。
「……CEO。エリオット氏は現在、元ガリア帝国の汚職官僚、元聖教国の横領神父、そして元魔王軍のリストラ幹部と共に、円卓を囲んで『昔は良かった座談会』を開催中です。……生産性はゼロ。……むしろ、彼らが吐き出す溜息の二酸化炭素濃度が上昇し、空調コストが悪化しておりますな」
「……プッ、あははは! 負け犬たちの互助会ね。……でも、私のタワーの空気をタダで汚させるわけにはいかないわ。……カイル、あの部屋の『愚痴』をすべて集音なさい。……一言喋るごとに、一〇ローゼンの『施設利用料』を自動チャージするのよ」
「……了解しました。……現在、エリオット氏の『僕は王子だったのに』という発言がループ再生されており、課金額が順調に跳ね上がっています」
モニターの中では、エリオットが熱っぽく語っていた。
「……いいか、君たち。セシリアはいつか失敗する。あんな冷酷な経営、神が許すはずがないんだ! 僕は今に見てるよ、彼女が僕の足元に跪いて『エリオット様、戻ってきてください』と泣きつく日をね……!」
その時、部屋の扉が「バァァァン!」と開き、ディートリヒが髪を逆立てて乱入した。
「……五月蝿い。……エリオット……君の脳内から漏れ出す『非論理的な妄想波』が、私の演算回路にノイズを混ぜているんだ。……今すぐその無駄な脳細胞を、私の『スパムメール自動仕分け』の演算リソースとして差し出しなさい……!」
「な、なんだ君は! 僕は王子だぞ! 無礼な……っ!」
「……王子(過去の肩書き)に、一ゴルドの資産価値も……ない。……セシリア様の帳簿(世界)では……君は『消し忘れたログ』に過ぎないんだ……」
ディートリヒの冷徹な正論に、エリオットが言葉を詰まらせる。……ふふ、天才の毒舌は、どんな物理攻撃よりもエリオットの薄っぺらな自尊心を抉るわね。
そこへ、窓の外から「ドンドンドンドン!」とガラスを叩く音が響いた。
アルヴィスが、44階の窓の外に「足の指先だけでぶら下がった状態」で、逆さまに顔を出していた。
『エリオットーー!! 窓際族だからといって、座ってばかりでは大臀筋が腐るぞーー!! 見ろ、この「逆立ち空中給水」を!! 汗を流せば、過去の未練など蒸発して消えるんだぞおおお!!』
「寄るなイケメン! 貴方のその『逆さまの笑顔』、窓際課の連中に余計な恐怖心を与えて、メンタルヘルス対策費が嵩むじゃないの! ……マックス、窓際課のデスクをすべて『自家発電式ペダル付き』に交換なさい。……彼らが愚痴を零す代わりに足を動かせば、タワーの夜間照明くらいは賄えるはずよ!」
「……承知いたしました。……『喋れば金を取られ、動けば電力を奪われる』。……これぞ真の窓際ですな」
モニター越しに、強制的にペダルを漕がされながら「僕は……僕は……」と涙を流すエリオット。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道は、かつての婚約者の「恨み」すらも「運動エネルギー」へと変換し、徹底的に搾り取っていく。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……エリオット。……貴方のその『失恋の悲しみ』。……我が社の『恋愛シミュレーション・ゲーム』の「バッドエンド・データ」として、五〇〇ローゼンで買い取ってあげるわ。……感謝して売却なさい」
窓際の王座すら奪われ、ただの「人力発電機(低出力)」へと成り下がった王子。
世界の理は、冷徹な数字によって、今日もまた一つ更新される。




