41話 情報の非対称性が生む「パニック・セール」
全世界の汚職、不倫、横領——。あらゆる「隠し事」がローゼン・ポイント(報酬)に換金され、リアルタイムで一般公開され始めてから六時間。世界の経済指標は、かつてないパニックを引き起こしていた。
「……マックス。隣国ガリアの鉄鋼メーカーの株価はどうなっているかしら? 先ほど『社長が社費で黄金の猫の像を買った』というリークが確定(承認)されたはずだけど」
私が冷徹にティーカップを置くと、マックスは無慈悲に急落するチャートを表示した。
「……暴落です、CEO。投資家たちは『公私混同をする経営者は信用できない』と判断し、一斉に投げ売り(パニック・セール)を開始しました。……現在、昨日の終値から七五パーセント引きの『叩き売り価格』で市場に放置されていますな」
「……プッ、あははは! 黄金の猫一匹で、国家規模の基幹産業がゴミ値になるなんて。……情報という名の『毒』は、剣よりもよっぽど効率的に資産価値を削ぎ落としてくれるわね。……カイル、買い戻しの準備は?」
天井の影から、カイルが数枚の「買収契約書」を手に音もなく降り立った。
「……準備完了です。……パニックになった株主たちが手放した証券を、我が社のダミー会社を通じて底値ですべて回収しました。……今この瞬間、ガリアの鉄鋼産業は事実上、セシリア様の『プライベート・アセット』に書き換えられました」
「素晴らしいわ。……情報の非対称性を逆手に取って、恐怖心で市場を冷やし、その隙に実体資産を掠め取る。……これこそが、私の提唱する『情報主導型・M&A』よ」
その時、執務室の窓を突き破らんばかりの勢いで、黄金の輝き(物理)が迫ってきた。
街の広場で「黄金の彫像」を演じていたはずのアルヴィスが、全身の金粉を魔力で発光させながら、壁を垂直に駆け登ってきたのだ。
『セシリア様!! 俺の存在に釣られて集まってきた悪徳官僚たち……全員、俺の「愛の大胸筋」で証拠品を抱えたまま固めておいたぞ!! 筋肉こそが、法執行の最終兵器だああ!!』
「寄るなイケメン! 貴方のその『黄金の反射光』、私の網膜を焼き切るつもり!? ……カイル、捕らえた官僚たちの『沈黙』の単価を計算しなさい。……一人あたり、純利益の三〇パーセントを『情報管理手数料』として永久に上納させる契約を結ばせるのよ!」
「……承知いたしました。……彼らは今、アルヴィス様の筋肉に挟まれて『死の恐怖』と『社会的死』の二択を迫られています。……喜んでサインするでしょう」
『……っ! 俺の筋肉が……契約の強制力に……! セシリア様、俺は今、法という名の鋼鉄の鎧になった気分だ!!』
アルヴィスが再び街へ飛び降り、逃げ惑う汚職官僚たちを「黄金の光」で追い詰め始める。……本当に、あの男を「暴力的な債権回収(取立人)」として運用するのは、コストパフォーマンスが良すぎるわ。
一方、世界中の王侯貴族たちは、今や自分の「影」すら信じられなくなっていた。
お抱えの隠密が、実は「ローゼン・リークス」のゴールド会員であり、王の寝言をポイント欲しさに送信しているのではないか——という疑心暗鬼が、既存の統治システムを内部から腐らせていく。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……マックス。……混乱している各国の王たちに、『情報の保険』を提案しなさい。……月額一億ローゼンを払えば、彼らに関するリークを『不適切なコンテンツ』として自動削除してあげる……。……もちろん、私の帳簿にはしっかり記録しておくけれどね?」
「……マッチポンプ(自作自演)の極みですな、CEO。……しかし、溺れる者はローゼン・グループの藁をも掴むでしょう」
私は不敵に微笑み、世界中の「秘密」が詰まった黄金の鍵を弄んだ。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道は、世界中の「影」を買い叩き、ついに「真実」そのものを自らの商品棚に並べ始めた。
「……カイル。……次のターゲットは、隣国の『隠し隠居』をしている前王の愛人関係よ。……情報が熟すのを待って、最も『高く売れる瞬間』に市場に放流しなさい」
影へと消えるカイル。
世界の秘密を暴き、恐怖を売り、利益を貪る。
情報の透明化という名の「残酷な収穫祭」は、まだ始まったばかりだった。




