39話 影のコストを「見える化」しなさい
「ローゼン・アイ」の稼働により、全世界の表層的なデータが黄金の瞳に集約され始めてから数時間。私の執務室には、ディートリヒの論理回路では捉えきれない「生身のノイズ」が漂っていた。
「……カイル。そこにいるのは分かっているわ。貴方の気配、我が社の高感度・魔導センサーが『不審な熱源』として感知しているもの」
私が冷徹に、デスクの上の紅茶に角砂糖を落としながら告げると、天井の影が不自然に歪み、漆黒の装束に身を包んだカイルが音もなく着地した。
「……流石です、セシリア様。……ですが、このセンサー、感度が良すぎます。……私が愛用している『隠密用・無臭石鹸』の香料すら、成分解析されるのは少々……」
「……プッ、あははは! 無臭石鹸の成分なんてどうでもいいわ。……カイル、貴方が率いる『影のギルド』。……彼らの活動報告書、読ませてもらったけれど……。……あまりにも『非効率』の極みね。……一ゴルドの情報を得るために、三日も天井裏に張り付いているなんて、人件費の無駄だと思わないの?」
「……隠密とは、忍耐です。……情報の鮮度を保つためには、現場の空気を……」
「……ナンセンスよ。……空気を吸っても一銭にもならないわ。……今日から、貴方のギルドは『ローゼン・リークス』へと組織改編なさい。……天井裏に張り付くのは卒業よ。……これからは、全世界の不満分子を『情報提供者』として組織化するのよ」
カイルは戸惑い、前髪の隙間から鋭い眼差しを私に向けた。
「……アフィリエイター……? ……それは、プロの隠密ではない素人を、情報の末端に置くということですか?」
「ええ、その通り。……いい? カイル。世界には『秘密を喋りたくてたまらない人間』が五万といるわ。……彼らに、特製のアカウントを発行なさい。……価値のある内部告発一回につき、我が社の『ローゼン・ポイント』を一〇〇ポイント進呈。……ポイントが貯まれば、免罪符や高級プロテインと交換できる……。……どう? 世界中が、貴方の代わりに『監視の目』になってくれるわ」
「……プロの誇りを……ポイントで買うと……。……セシリア様……。……貴女は、影の世界の美学すらも、クーポン券で書き換えるおつもりですか……」
「……あら、美学で家族が養えるのかしら? ……カイル、貴方の部下たちにも、福利厚生として『有給休暇』と『労災保険』を適用してあげるわ。……ただし、ノルマ未達成の『情報の死蔵』は、即刻解雇よ」
その時、執務室の窓の向こうで、アルヴィスが叫びながら通り過ぎた。
『カイルーー!! 影に隠れてばかりじゃ筋肉が萎縮するぞーー!! 表舞台に出て、俺と一緒に「公明正大な自家発電」を手伝えーー!! 筋肉は裏切らないが、影は光が射せば消えるんだぞーー!!』
「寄るなイケメン! 貴方のその『光り輝く暑苦しさ』のせいで、カイルの隠密魔法が強制解除されかかっているじゃないの! ……カイル、アルヴィスのあの『騒音』を逆利用しなさい。……アルヴィスを囮にして注目を集めている間に、貴方の部下たちが情報の「物理的バックアップ」を強奪するのよ。……イケメンを『撹乱用コスト』として計上なさい!」
「……っ! アルヴィス様を……デコイに……。……皮肉なことに、最高に理に適っています。……彼の存在感は、あらゆる隠密の努力を一瞬で無に帰すほどの『光害』ですから……」
「……ふふ、決まりね。……カイル。世界中の『不都合な真実』を、我が社の『収益資産』に変えなさい。……真実一つで、一国の王を破産させる……。……これこそが、最強の情報のレバレッジよ」
私は、不敵に微笑みながら、影の世界の「管理台帳」をカイルへと差し出した。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道は、闇に潜む者たちの誇りすらも「成果報酬型」へと落とし込み、ついに世界の深層をも自らの帳簿に組み込み始めた。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……カイル。……貴方のその『無口な忠誠』。……一分あたりいくらの『コンサル料』として計上すればいいかしら?」
カイルは、音もなく膝をつき、深い影へと溶けていった。
だが、その手には、世界を裏側から支配するための「黄金のログインID」が握られていた。




