33話 高電圧の恋心
ガリア帝国への電力供給が安定し、ローゼン・グループの帳簿に「鉄鋼山の採掘権」という名の莫大な固定資産が書き込まれてから数時間が経過した。
地下の発電ルームでは、アルヴィスが発する魔導エネルギーが青白い放電現象(チェレンコフ放射に近い輝き)を引き起こし、部屋全体が幻想的な、しかし物理的には極めて危険な光に包まれていた。
「……マックス。アルヴィスのバイタルデータはどうなっているかしら? まさか、この程度の過負荷でショート(気絶)していないでしょうね?」
私が執務室で冷徹に問いかけると、マックスは眉間に深い皺を刻んだまま、赤く点滅する警告灯を指し示した。
「……CEO。データ上は『即死』していてもおかしくない負荷です。心拍数は一分間に三六〇回、体温は四二度を超えています。……しかし、奇妙なことに、彼の脳内麻薬の分泌量が通常の五〇〇倍を記録しており……測定不能なほどの『幸福感』に包まれているようですな」
「……プッ、あははは! 幸せなんですって? 死にかけているのに? ……やっぱり、筋肉バカの思考回路は、私の最高級魔導計算機でも演算不可能な『バグ』の塊ね」
私は、手にしていたクリスタル製の通信機を起動し、地下室へ直接回線を繋いだ。
『——アルヴィス。聞こえる? 貴方の放電のせいで、私のティーセットが電磁誘導で勝手に沸騰し始めたわ。……迷惑コストとして、次のボーナスから五パーセント差し引いておくわね』
スピーカーから返ってきたのは、ノイズ混じりの、しかし異常に張りのあるアルヴィスの絶叫だった。
『……っ! セシリア様……! その……叱責の言葉が……俺の心臓に……さらなる潤滑油(愛)を注いでくれる……! 見てください、俺の大胸筋が……今、ガリアの全家庭の電球を……俺の恋心(高電圧)で焼き切らんばかりに輝いているのを!!』
「寄るなイケメン! 貴方の恋心を電線に流さないで! 機器が故障して修繕費がかさむでしょうが! ……いい? 出力を安定させなさい。……ボルトではなく、ワットで語るのが、私の部下としての最低限のマナーよ!」
その時、執務室の扉が勢いよく開き、ディートリヒが髪を振り乱して飛び込んできた。
「セシリア様! 異常事態です! アルヴィス様の放電エネルギーが、送電網を介して『情報』に変質し始めました! ガリアの国民たちが使っている魔導端末に、アルヴィス様の『筋肉の残像』と『セシリア様への愛の詩』が、強制的なプッシュ通知として全世界に同時多発テロのごとく送信されています!!」
「……なんですって!? 私のブランドイメージに対する、深刻な価値毀損じゃない! カイル、今すぐ回線を遮断しなさい!」
天井の影からカイルが苦渋の表情で現れた。
「……不可能です。彼の魔力は今、物理的な電線を越え、概念的な『共鳴』の域に達しています。……ガリアの子供たちが、夜空を見上げて『あ、セシリア様の名前を叫ぶ筋肉の星が流れた!』と指を差している有様です」
「……最悪だわ。私の『冷徹な経営者』という市場評価が、『筋肉マニアの飼い主』に書き換えられてしまう……!」
一時間後。ガリア帝国の王都。
アルヴィスが生成した「高電圧の恋心」は、ついに奇跡(物理法則の無視)を引き起こした。
送電線が音を立てて振動し、空中にアルヴィスの肉体を模した巨大なオーロラが出現したのだ。そのオーロラは、夜空に巨大な文字で『CECILIA LOVE』と描き出し、ガリア全土をピンク色の光で照らし出した。
「お、おお……! これが、ローゼン・ホールディングスの提供する『次世代のエンターテインメント』なのか……?」
「……なんだか、見ているだけで胸が焼けるように熱いぞ。……いや、これは単なる『熱公害』か!?」
ガリアの皇帝ルーデンスが、自国の空を覆い尽くす筋肉のオーロラを見て、力なく膝をついた。
「……敗北だ。軍事力でも経済力でもなく、……あんな『異常な愛のエネルギー』に勝てる道理がない……」
ローゼン・タワーの執務室。
私は、頭を抱えながら、モニターに映る「筋肉オーロラ」を睨みつけた。
「……マックス。今すぐ、このオーロラを『期間限定の広告枠』として各企業に売り出しなさい。……『愛の告白、一分間一〇〇万ローゼン』。……この恥ずかしい状況を、一刻も早く『黒字』に変えて、私の精神的苦痛を相殺するのよ!」
「……承知いたしました。……災い(筋肉)を転じて福(利益)となす。……流石はCEOですな」
地下からは、なおも「セシリアアアア!!」という、一〇万ボルト級の叫びが響き渡っている。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道は、イケメンの暴走すらも「媒体」として再定義し、世界の理を無理やりビジネスモデルへと落とし込んでいく。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……アルヴィス、貴方のこの『不法投棄された愛』。……一滴残らず、ガリアの重工業の動力源として吸い尽くしてあげるわ」
私の不敵な笑い声は、高電圧のノイズにかき消されながらも、確実に世界の「支配権」を刻み続けていた。




