32話 電力の武器化
ローゼン・タワーの地下で、アルヴィスが凄まじい咆哮を上げながらルームランナーを回し続けて三時間。
タワー全体の電力計は、かつてない「異常値」を指し示していた。彼の筋肉から発せられる熱量と魔力は、特製の伝導ケーブルを通じて変換され、聖教国全土を網羅する魔導グリッドへと流し込まれている。
「……マックス。現在の蓄電状況を報告なさい」
私が執務室で冷徹に問いかけると、マックスは眉間に指を当て、まばゆいばかりの青いグラフを空中に展開した。
「……信じがたい数値です、CEO。アルヴィス様の『大胸筋バーストモード』により、聖教国の全電力を賄った上で、余剰電力が三〇〇パーセントを超えました。……もはや蓄電池が物理的な限界を迎えています。このままでは、過剰なエネルギーが逆流し、王都の変電所が『筋肉の輝き』で爆発しかねません」
「……プッ、あははは! 筋肉で爆発だなんて、どんなギャグ漫画の物理法則かしら? ……でも、エネルギーの無駄は私の美学に反するわね。……カイル、隣国ガリアの現在の電力相場は?」
影からカイルが、一通の冷酷な価格表を差し出した。
「……ガリア帝国は現在、魔導オイルの禁輸措置により、深刻なエネルギー不足に陥っています。夜間は街灯も消え、皇帝の寝室ですらロウソク一本という有様。市場価格は通常の十倍以上に跳ね上がっています」
「……完璧だわ。マックス、今すぐガリア帝国に向けて『ローゼン・エナジー・ライン』の接続を提案しなさい。……ただし、価格は市場価格の『さらに三倍』。……そして支払いは、ガリアが保有する『鉄鋼山の採掘権』を担保に取ること」
「……足元を見るどころか、首根っこを掴んで振り回すような契約ですな。……承知いたしました」
その時、執務室のスピーカーから「ゴリゴリッ」という不気味な音が漏れ聞こえてきた。
地下の発電ルームで、アルヴィスが極限状態で筋肉を収縮させている音だ。
『セ……セシリア様……! 俺の……俺の広背筋が、今……ガリアの民を救うための……架け橋(送電線)になっているのが……分かるぞ……! もっと……もっと高い電圧を……俺に要求してくれ……ッ!!』
「寄るなイケメン! 貴方の声がノイズ混じりで不快だわ! ……いい? アルヴィス。貴方の今の価値は、一分間あたりの『キロワット時』でしか計れないの。……ガリアの鉄鋼山を手に入れるまで、貴方の筋肉に休息の二文字はないと思ってちょうだい!」
『……っ! 鉄鋼山……! 貴女の野望のために、俺の肉体が……削られ、光へと変わる……! これこそが……究極の献身だあああああ!!』
ドォォォォン!!
地下から、もはや地震に近い振動が伝わってくる。アルヴィスの回転数が上がり、ガリアへと続く送電線が白熱し始めた。
一時間後。
ガリア帝国の国境付近。闇に包まれていた街々に、突如として昼間のような輝きが戻った。
だが、その光は優しいものではない。ローゼン・ホールディングスの「筋肉由来」の、あまりにも強烈で暴力的な電力供給である。
「お、おお……! 街に灯りが……! 助かった、これで工場が動かせるぞ!」
「……待て。この電球、なんだか凄まじい熱を発していないか? それに、光の点滅が心なしか……ポージングをしているように見えるのは気のせいか!?」
ガリアの民衆が困惑する中、空中に私の巨大なプロモーション映像が投影された。
『——ガリア帝国の皆様、こんばんは。……暗い夜はもう終わりよ。……この光は、我が社の騎士団長が身を粉にして、いえ、筋肉を焦がして生み出した「情熱のエネルギー」なの。……一分一秒ごとに、貴方たちの国の権利が私の口座に振り込まれていくけれど……背に腹は代えられないわよね?』
モニター越しに、ガリアの皇帝ルーデンスが歯噛みしている姿が見えた。
「セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ……! 電力を人質に、我が国の基幹産業を奪うつもりか……っ!」
「奪う? 心外ね、皇帝陛下。……私はただ、『市場原理に基づいた公正な取引』を提案しているだけよ。……嫌なら今すぐそのスイッチを切ってもよろしくてよ? ……ただし、暗闇の中で空腹に耐える国民たちが、貴方の玉座をいつまで支えてくれるかしらね?」
私は冷たく微笑み、手元のレバーに指をかけた。
エネルギーの独占。それは、軍事力以上に残酷な、世界の『心肺停止権』を握ることと同義だ。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……アルヴィス、まだ出力を一二パーセント上げられるはずよ。……ガリアの全山々を、私の『資産』に書き換えるまで止まるんじゃないわよ!」
地下から響く、筋肉の咆哮。
悪役令嬢セシリアの覇道は、イケメンの汗を「黄金」に変え、一国の生命線を完全に掌握した。




