30話 不毛なプライドの清算
聖教国エルドラドの解体ショーも、いよいよ大詰めを迎えていた。
かつて信徒たちの祈りとパイプオルガンの調べに満ちていた大聖堂は、今や巨大なホログラム・ディスプレイが並び、分単位で変動する「徳ポイント(メリット・トークン)」のレートが表示される「ローゼン・エクスチェンジ・エルドラド」へとその姿を変貌させている。
「……マックス。聖教国の『民営化』に伴う、全資産の移管手続きは?」
私がタワーの最上階で、クリスタル・デキャンタから注がれた最高級の魔導エナジードリンク(一本一〇万ローゼン)を口にしながら問いかけると、マックスは満足げに数値を弾き出した。
「完了しております、CEO。教皇庁が隠匿していた不動産、および偽造聖遺物の売却益により、聖教国の負債一二〇〇億ローゼンはすべて完済。……さらに、余剰資金で構築した『自動懺悔AI・ゼウス』が、世界中の信徒から月額九八〇ローゼンのサブスクリプション料を回収し続けています。……現在、聖教国支社の利益率は驚異の八五パーセントを記録しております」
「……プッ、あははは! 素晴らしいわ。神様に丸投げして赤字を垂れ流していた頃より、よっぽど『救済』が行き届いているじゃない。……結局、人間を救うのは祈りでも奇跡でもなく、健全なキャッシュフローなのよ」
私は、窓の外に広がる「新生・聖教国」を眺めた。
白亜の壁にはローゼン・ホールディングスの黄金のロゴが刻まれ、空中を飛び交う配送ドローンが、信徒たちに「神パス・プレミアム会員特典」の聖水を届けている。
そこへ、教皇庁の最後の一人となった元教皇、現・カスタマーセンター室長のベネディクトが、ふらふらとした足取りで現れた。彼の目からは覇気が消え、代わりに「一日の通話数」と「顧客満足度」だけを追い求めるサラリーマンの悲哀が漂っている。
「……セシリア様。……本日分のクレーム処理、一万二千件を完了いたしました。……『天国へのパスワードが通らない』という老婆に対し、追加のセキュリティ・トークンを販売し……三〇万ローゼンの売上を……上げました……」
「あら、ベネディクト室長。いい仕事をするじゃない。……貴方のその、神々しい(と勘違いされている)声は、年配の顧客への『クロスセル(関連商品販売)』に最適だわ。……来月からは、教会の跡地に建設した『ローゼン・シニア・ホーム』の営業本部長も兼任してもらうわよ」
「……な……営業本部長……。主よ、私はどこまで現世の利欲に溺れればよいのですか……」
「利欲? いいえ、これは『自立』よ。……他人の寄付で食べていた頃より、よっぽど神様の教えに忠実だと思わないかしら?」
私が冷たく突き放すと、ベネディクトは力なく頭を垂れて去っていった。……ふん、プライドなんていう「維持費のかかるゴミ」を捨てれば、これほど楽になれるというのに。
その時、執務室の窓を「ガンガン!」と叩く凄まじい振動が走った。
見ると、オークションで「自家発電用リース物件」として成金貴族に落札され、三日三晩スクワットをし続けていたはずのアルヴィスが、首から『完売御礼』の札を下げて戻ってきていた。
「セシリア! リース先の屋敷の全電力を、俺の大胸筋だけで賄ってやったぞ! 契約期間が終わる頃には、主人が『もう筋肉は見たくない』と泣きながら俺を返却してきた! 自由の身だ、セシリア様!! 次の任務をくれ!!」
「寄るなイケメン! 貴方のその『返却理由(過剰な熱苦しさ)』、我が社の信用毀損に当たるわよ! ……自由の身? ……ふん、甘いわ。……貴方の次の職場は、隣国の『魔導列車』の先頭車両よ。……エンジンが故障した際の『人力バックアップ・動力源』として、線路を一〇〇〇キロメートルほど全力疾走しなさい!」
「……っ! 人力列車! 貴女の想い(物理的重量)を背負って走れということか! なんという名誉だ、行ってきます!!」
アルヴィスは弾丸のような速さでタワーを駆け下りていった。……本当に、あの男を「消耗品」ではなく「永久機関」として運用できるのは、この世界で私だけでしょうね。
「……さて。カイル、ディートリヒ。次のターゲットの準備は?」
天井の影からカイルが、そしてモニターの向こう側から、寝不足でクマの酷いディートリヒが同時に答える。
「……聖教国の解体により、大陸北部の経済圏は完全に掌握しました。……ですが、CEO。……この急激な『経済の平定』を快く思わない勢力が、東の果てで動き出しています」
「……魔導師たちの最高学府『アカデミア』ですね。……彼らは『叡智は選ばれし者のもの。セシリアの知識の民主化は、魔法の神秘を殺す蛮行である』として、我が社のサーバーへの総攻撃を準備しています」
「……プッ、クスクス! 叡智が選ばれし者のもの? ……そんな『情報の独占(寡占)』で利益を得ていた時代遅れの学者共。……私の『オープンソース経済』で、その高い鼻を根元からへし折ってあげるわ」
私は、手元の地図の東端——「魔導学園都市」に向けて、冷徹にペンを走らせた。
聖教国エルドラド。
かつて神の国と呼ばれた場所は、今やローゼン・グループの「キャッシュ・カウ(稼ぎ頭)」として、正確な利子を刻み続けている。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……学園の賢者様たち。……貴方たちの『高尚な知識』。……一文字いくらの『データセット』として買い叩いてあげるわ」
私は不敵に微笑み、新たな領収書を切った。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグの「世界監査」は、ついに知の最前線へと牙を剥く。




