25話 魔王城、抵当権を行使して「テーマパーク」に改造
魔王軍の先遣隊三千人が、ステーキ弁当のあまりの美味さと「社会保険完備」という魅惑の響きに屈し、我が社の運送部門へと電撃移籍してから四十八時間。
私は、重厚な装甲を施した移動執務室(魔導リムジン)に揺られ、ついに人類の禁忌とされる「魔王城・パンデモニウム」の正門前に到着していた。
「……マックス。魔王城の固定資産税、過去数百年分を遡って算出した結果はどうなっているかしら?」
私が冷徹に問いかけると、マックスは眉間に深い皺を刻みながら、禍々しいオーラを放つ魔道書……ではなく、分厚い「滞納通知書」を手に取った。
「CEO。魔王城の敷地面積、および建築物の構造から算出した固定資産税の未払い分は、延滞利息を含めて概算で八千六百億ローゼン。……さらに、近隣諸国への『恐怖による精神的苦痛』の慰謝料を合算すると、もはや一国の国家予算でも返済不可能な負債額となっております」
「……プッ、あははは! 最高ね。魔王様ったら、力に溺れて『納税』という名の国民の義務を怠っていたなんて。……全知全能を気取っている割に、コンプライアンス意識が欠如しすぎているわ。……いいわ、マックス。今すぐ『差し押さえ』の執行を開始して」
その時、魔王城の重い門が開き、中から溢れ出すような漆黒の魔力と共に、一人の男が現れた。
燃えるような紅い瞳に、漆黒の翼。彼こそが、この世の全ての悪の頂点――魔王ルシフェルその人であった。
「……誰だ、我が城の結界を金銭の理屈で踏みにじる無礼な人間は。……我が軍の精鋭を、ステーキなどという浅ましい餌で釣った罪、万死に値するぞ!」
ルシフェルが放つ威圧感で、周囲の空間がひび割れる。しかし、私はリムジンの窓を下げ、優雅に扇子で口元を隠して言い放った。
「あら、魔王様。……『万死』なんて、そんなコストのかかる刑罰、誰が予算を出すのかしら? ……それより、これを見てくださる? 貴方の城、本日をもって我が社の『抵当権』に基づき、没収させていただくことになりましたわ」
「……ていとうけん? 貴様、何を言っている……!」
「言葉通りよ。貴方の部下たちが我が社の弁当を三万個も無断で消費した分、そして過去の略奪行為に対する賠償金。……これらをすべて合算し、貴方の城を『物納』していただきます。……マックス、看板の掛け替えを」
私が合図を送ると、上空の飛行船から巨大なクレーンが降りてきた。
魔王城の門に掲げられていた禍々しい髑髏の紋章が引き剥がされ、代わりにパステルカラーで彩られた巨大な看板が設置される。
『——近日オープン! 世界最大級の魔導テーマパーク【ローゼン・パンデモニウム・ランド】!』
「な、なんだこれは……! 我が玉座の間が……『メリーゴーランド』の土台になっているだと!?」
「ええ。貴方のその禍々しい魔力、アトラクションの動力源として最高なのよ。……無尽蔵のエネルギー源がタダで手に入るなんて、経営者としてこれほど嬉しいことはないわ」
「貴様ぁぁぁ!! 侮辱するのも大概にしろ! 我が究極魔法で、その不遜な女の魂ごと……!」
ルシフェルが最強の攻撃魔法を放とうとした、その瞬間。
背後から、プロテインの粉末をまぶしたような真っ白なアルヴィスが、魔王の肩をガッシリと掴んだ。
「待て、魔王! 貴様の魔力、怒りに任せて放つのは非効率だ! その力、一分間に三千回転の『絶叫コースター』を動かすために使ってみないか!? 子供たちの笑顔が、貴様の荒んだ心(大胸筋)を癒してくれるはずだぞ!」
「よ、寄るな暑苦しい人間! 筋肉が……筋肉の圧が、魔法の構成を乱して……っ!」
「寄るなイケメン! アルヴィス、魔王様に触れるなら『機材メンテナンス料』が発生するわよ! ……ルシフェル様、選択肢は二つよ。……このまま私に破産させられて、魔界の路上で野垂れ死ぬか。……それとも、我がパークの『マスコット・キャラクター』として、時給八百ローゼンで働くか。……着ぐるみは特注の『可愛い子羊さん』を用意してあるわ」
「……は、八百ローゼン? ……それで、米は食えるのか?」
「ええ、社員食堂のカレーは食べ放題よ」
「……契約だ。……サインする。……我が誇りなど、カレー一杯の満足感には勝てん……」
魔界の支配者、魔王ルシフェル。
彼は、ステーキの匂いと筋肉の熱気、そして圧倒的な経済的ロジックに敗れ、パークの着ぐるみバイトへとジョブチェンジした。
一週間後。
かつての魔王城は、世界中から観光客が押し寄せる「夢の国」へと変貌していた。
入り口では、羊の着ぐるみを着た魔王が、死んだような目で「いらっしゃいましぇー……」と風船を配り、奥の広場ではアルヴィスが『筋肉パレード』を主催して、観客を熱狂させている。
「……マックス。今月の入場料収入、および物販の利益率は?」
タワーの特等席でポップコーンをつまみながら問いかけると、マックスは満足げに数値を弾き出した。
「絶好調です、CEO。魔族の機動力による配送サービスと、このパークの相乗効果により、我がグループの時価総額は昨対比で四〇〇パーセント増。……もはやこの大陸で、我が社の息がかかっていない経済活動は存在しません」
「……そう。なら、次は『空』を買いに行きましょうか。……あるいは、『運命』そのものをね」
私は不敵に微笑み、新しい戦略図を広げた。
悪役令嬢セシリア・ヴァン・ローゼンバーグ。
彼女の覇道に、もはや人間も、神も、魔族も関係ない。
この世界の全てを、私の「帳簿」に書き込むまで、私のペンは止まらない。
「……さあ、次の決算を始めましょう。……世界の意志様。……貴方の管理するこの世界、私ならもっと『高利益』にしてみせるわ」
華やかなテーマパークの喧騒の中、一人の悪役令嬢の野望は、ついに次元の壁すらも超えようとしていた。




