23-白薔薇の庭園、青い瞳の青年
『日をまたぐ頃、北の離宮の中庭、白薔薇の咲く庭園に来るといい。
ヴィヴィアン、その顔を使って、ジークフリートに愛されてみろ、』
その言葉の通り、レアは深夜になると寝室を抜け出し、白薔薇の庭園に足を踏み入れた。
ラインハルトの言う通り、ジークフリートは現れた。
彼は何も知らされていないのか、困惑した様子だった。
大丈夫、全てうまく行く。
♢
初めてを愛すべき者へ捧げられたら、どんなによかっただろうか。
娼館に売り飛ばされ、14歳で破瓜を経験した時、ただ迫り来る痛みと恐怖に支配されて、それがどういうことなのか考えることすらできなかった。
1年、2年と時を経ることに、その出来事は記憶から薄まるどころか、自分の中で色濃くなっていき、思い出す度に自身の惨めさと無力感に苛まれた。
綺麗な海で死んで、手垢まみれのこの身体を洗い流したかった。
ヴィヴィアン王女になれと言われた時、ヴィヴィアンとしてジークフリートに愛されろと言われた時、
私は自分以外の誰かとして生きることに全く抵抗を感じなかった。
レアを殺せる。
夜な夜な男と肌を重ねる惨めな娼婦のレアが死んで、綺麗なドレスに身を包んだお姫様のヴィヴィアンだけが残る。
ヴィヴィアンは処女だ。
ヴィヴィアンは私と異なり、愛する者に初めてを捧げることができる。
愛する者から、優しく抱きしめられ、繊細なガラス細工のように大切に扱われたら、どんなに幸せだろうか。
私だってヴィヴィアンを選ぶ、男の人なら尚更……
何十人もの男を受け入れ、汚れきった『レア』よりも、綺麗な躰の、まだ何も知らない無垢な『ヴィヴィアン』を選ぶはずだ。
「君じゃだめなんだ」
彼の言葉に、我が耳を疑った。
顔を上げると、ジークフリートはレアの肩に手をかける。
「俺が愛しているのは、あの子だけなんだ……」
彼の瞳から一筋の涙が流れる。
「絵葉書の海の絵に目を輝かせて、涙を流し、自分を見ると安心したように笑ってくれるあの子が……
それが愛ではなく、哀れみと言われても構わない」
「俺はあの子に笑ってほしかった……」
ジークフリートは一歩、下がる。
「……申し訳ございません」
彼はヴィヴィアンではなくレアを選んだ。
そしてそれを貫き通した。
レアは喜ぶべきなのか、落胆すべきなのかがわからなかった。
(だから私は、あなたのことを好きになったんだ)
最初は彼の青い瞳に死を見出した。
だが次第に、彼自身と共に過ごすことに喜びを感じられるようになった。
きっと私もそうなんだ。
同じ青い瞳でも、ラインハルトではここまで好きになることはできなかっただろう。
「困らせるようなことを言って、ごめんなさい」
ジークフリートから拒否されてしまったら、ラインハルトはどうすることもできないだろう。
「あなたさえ良ければ、お友達になってくれませんか」
「えぇ、もちろん。光栄です」
時間はある。
婚約破棄をしてもらうのなら1年の期限があるが、ジークフリートのことは急ぐ必要がない。
ラインハルトの思惑通り偽装結婚に応じれば、いくらでもチャンスがあるはずだ。
「また、」
別れの言葉を告げ、レアはそこから立ち去ろうとする。
だがその別れの言葉に、ジークフリートは既視感を抱いた。
レアとの最後の会話。
それも「またね」と次の再会を願うものだった。
その既視感はすぐに彼の願望と結びつく。
「__レア?」
それは疑問ではなく、確信だった。
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