16-ジークフリートの過去
物心ついたころから父はいなかった。
母は一日中働いていて、あまり豊かな生活ではなかった。
でも、優しくて穏やかな母のことは大好きだった。
八つの時に、母は無理が祟って身体を壊し、そのまま亡くなった。
母の遺体を前に途方に暮れていると、身なりの良い男たちが家に押しかけてきて、わけもわからぬまま母から引き剥がされた。
そのまま馬車に乗せられ、連れてこられたのは大きな屋敷。
自分は今日からここの子供として生活するらしい。
この屋敷の主であるヘッセンバーグ伯爵には既に四人の息子たちがおり、どうして自分がここに引き取られたのかわからなかった。
伯爵家の生活に不便はなかった。
伯爵とその夫人も、屋敷の人間たちも、誰も自分を虐げることはなかった。
常に四人の息子たちと同等の扱いをしてくれた。
だが伯爵たちの自分を見る目は常に冷ややかで、自分に与えられたものは全て、やむを得ない事情があって仕方なく与えているのだと、聞かずともわかった。
なぜ自分はここに引き取られたのだろうか、そんな目で見るくらいなら放っておいてくれればよかったのに。
幼いジークフリートは埋めようのない孤独感に苛まれ、次第に心を閉ざすようになった。
♢
ジークフリートが軍に入隊をしたのは十六の時だった。
士官学校へ行かないのか、と伯爵夫人から申し訳程度に聞かれていたが、それを断っての入隊だった。
軍では訓練兵の頃から伯爵家の養子としての厚遇を受けたが、それを全て拒否し、他の兵士たちと同じ扱いを求めた。
伯爵家で高度な教育を受けながらも、それら全てをかなぐり捨て、一兵士として剣を持ち最前線に立とうとするジークフリートは奇異の目で見られた。
ジークフリートは死を恐れたことがなかった。
どれだけ怪我を負い、過酷な状況でも彼は戦い続ける。
何が彼を戦いに駆り立てているのか、おそらく彼も含めて誰も理解することができなかった。
だが恐らく彼は、死に直面している時だけしか、自分が生きているということを実感できなかったのかもしれない。
戦地でのジークフリートの活躍は目覚ましいものだった。
異例の昇進を重ね、わずか5年で准尉にまで上り詰め、将校の仲間入りを果たした。
将校になった後も、彼は最前線に立ち続けた。
上層部のごく一部では眉をひそめる者もいたが、現場の人間たちは皆、彼を支持した。
彼が率いる部隊の士気は常に高く、高い戦績を残し続けた。
彼は勇敢で命知らずの軍人だった。
少なくとも、あの娼婦の少女に出会うまでは……
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