第6話:すれ違う足音、それぞれの言い分
翌日、外は昨日からの予報通り、しとしとと冷たい雨が降っていた。
どんよりとした曇り空のせいで、朝の教室はいつもより薄暗い。蛍光灯の白い光が、どこかギスギスしたクラスの空気を寒々しく照らしている。
「おはよ」
揺里が席につくと、隣の列のマイとチカは、一瞬だけこちらを見て「おはよー」と小さく手を振った。
けれど、それだけだった。
すぐに二人は顔を寄せ合い、昨日の放課後に撮ったプリクラの手帳を見せ合ってヒソヒソと話し始めている。
冷たい。
けれど、それが意地悪ではないことも、揺里にはよく分かっていた。
ただ、二度続けて放課後の誘いを断った揺里に対して、二人が「じゃあ、無理に誘わない方がいいよね」と気を遣い、そして同時に、少しだけ拗ねているのだ。
(私が勝手に離れたんだから、当たり前だよね……)
胸の奥が、ツンと痛む。
誰の許可を求めるわけでもない、自分で選んだ放課後だ。そう自分に言い聞かせても、いざこうしてグループから浮いている自分を突きつけられると、足元がぐらぐらと揺らぐような心細さに襲われる。
ふと視線を感じて横を向くと、二列後ろの席で、千歳が机に突っ伏したまま、気だるそうにこちらを見ていた。
目が合うと、彼は気まずそうにすぐに視線を窓の外へ逸らした。
彼だって、何でも知っている魔法使いなんかじゃない。ただ、偶然図書室で同じような本をパラパラとめくっていただけの、ただのクラスメイトだ。昨日彼が言った言葉だって、どこかの本の受け売りか、彼なりの精一杯の背伸びだったのだろう。
誰も、私の正解なんて教えてくれない。
お昼休み、揺里は一人、購買で買ったサンドイッチを持って図書室へ向かった。
雨の日の図書室は、外で遊べない生徒たちがいつもより多く集まっていて、少しだけざわついていた。
いつもの『哲学・思想』の棚の前には、誰もいない。
揺里はサルトルの文庫本を手に取り、静かにページをめくった。
文字を目で追いながら、揺里は教室での息苦しさを思い出していた。
マイたちに話を合わせ、行きたくもない場所に付き合って、笑いたくないところで笑う。
それは、サルトルの言う「自己欺瞞」――自分に嘘をつく生き方なのかもしれない。
(でも、自分に嘘をつかないって、こんなに寂しくて、痛いことなの?)
本に書かれている言葉は立派だけれど、今の揺里の等身大の悩みに対して、具体的な解決策をくれるわけではなかった。文字を見つめれば見つめるほど、自分の孤独が浮き彫りになっていく気がする。
窓ガラスを激しく叩く雨の音を聞きながら、揺里は思った。
ここに置いてある本だけじゃ、足りない。
この学校の、この小さな図書室の棚にある言葉だけじゃ、私のこのドロドロしたモヤモヤに、追いつかない。
サルトルの本は、もうすぐ最後のページを迎える。
読み終えたら、私はどうするんだろう。
明日もまた、あの冷たい教室で、息を潜めて過ごすのだろうか。
――もっと、たくさんの言葉がみたい。
誰も私のことを知らない、もっと広い場所で、もっとたくさんの本に囲まれて、一人で息がしたい。
揺里の心の中で、学校の外にある「街の大きな図書館」への切実な憧れが、雨水のように静かに、けれど確実に溜まり始めていた。




