第56話:十分間の会議、作戦はひそやかに
キーンコーンカーンコーン。
一限目の終わりを告げるチャイムが鳴った瞬間、揺里は深くため込んでいた息をそっと吐き出した。ノートを片付ける周りの賑やかな音を聞きながら、机のフックにかけたスクールバッグのポケットに、そっと手を伸ばす。
そこには、お母さんから託された、袋に入ったままの真っ白な新しいハンカチが静かに眠っている。
(……やっぱり、一人じゃどう渡していいか分からないよ)
揺里は意を決して、椅子をくるりと後ろへ回した。前の席から振り返ってくれたマイとチカに向かって、机に両肘をつき、小さな声でささやいた。
「ねえ、マイ、チカちゃん……ちょっと相談があるんだけど」
「ん? どうしたのゆらりん、そんなに深刻な顔して」
マイがいちごオレのパックを机に置きながら、不思議そうに顔を近づけてくる。チカも、シャープペンシルを置いてじっと揺里の瞳を見つめた。
「あのね、昨日の伊織くんのハンカチのことなんだけど……」
揺里は二人にしか聞こえない声で、昨日の夜、お母さんにちゃんと事情を説明したこと。そして、血がついてしまったから処分することになり、代わりの新しいハンカチを渡すようにお母さんから新しいものを託されたことを、包み隠さず話した。
「――っていうわけなんだけど、男子のグループの中に一人で入っていって『はいこれ、新しいやつ』って渡すの、どうしても恥ずかしくて。どうしたらいいと思う?」
話し終えると、マイは「うわぁ……」と感心したように両手を頬に当てた。
「ゆらりんのお母さん、めっちゃ大人で素敵! でも確かに、男の子に新品のハンカチをあげるって、ちょっとドキドキしちゃうね」
「うん……。変に誤解されたり、また男子たちに冷やかされたりしたら嫌だなって」
揺里が眉を八の字にして俯くと、それまで静かに聞いていたチカが、ぽつりと口を開いた。
「次の二限目って、移動教室じゃないよね。伊織くん、大体休み時間の後半になると、廊下の自販機に炭酸ジュース買いに行くよ。いつも一人か、一緒に行っても男子一人だし。教室の中より、廊下ですれ違いざまに渡す方が目立たないんじゃない?」
「あ……」
さすがチカちゃん、普段からクラスの様子をよく見ている。マイも「それだ!」と小さく手を叩いた。
「自販機に行くときなら、男子の塊から離れるもんね! ゆらりん、カバンからハンカチ出して、ブレザーのポケットに忍ばせときなよ。伊織くんが席を立ったら、さりげなく後ろを追うの!」
「う、うん……! やってみる!」
友達の等身大で頼もしい作戦会議に、揺里の胸の奥のハラハラは、少しだけ前向きなドキドキへと変わり始めていた。
揺里はそっとスクールバッグのポケットから白い四角を取り出すと、周りに見えないように制服のポケットへと滑り込ませた。手のひらに触れるピシッとした布の感触を確かめながら、窓側の席の伊織くんの様子を、じっとうかがい始めた。




