第54話:白い四角のミッション、夜の机の上のシミュレーション
自分の部屋に戻り、ドアを静かに閉めると、揺里は机の前に座って深く息を吐き出した。
パステルカラーのノートの隣に、お母さんから手渡されたばかりの真っ白な新しいハンカチをそっと置く。まだ透明なビニールの袋に入ったままのその四角は、部屋の蛍光灯の光を反射して、ピシッと冷たいくらいに綺麗な白さを放っていた。
(血がついちゃったから、新しいのを代わりに渡す……)
お母さんの大人としての優しい気遣いはすごくありがたかったけれど、これを伊織くんに手渡すところを想像するだけで、揺里の胸の奥はトク、トク、と落ち着かない音を立て始める。
「ただ返すだけなら『ありがとう』で済むのに……新しいのをあげるって、なんか重くないかな」
揺里は肘をついて、白い袋をじっと見つめた。
ただのクラスメイト。美術の時間にぶつかって、お調子者の彼がわざと悪者になる嘘までついて私の涙を隠してくれた。だからこそ、ちゃんとお礼をしたい。
でも、明日の朝の教室はいつも通り賑やかなはずだ。
伊織くんの周りには、いつもの男子グループが集まって大声で笑っている。そんな中に、私が一人で近づいていって、「はい、これ、昨日の代わりに新しいやつ」なんて手渡したら、それこそ結愛たちに何を言われるか分からない。マイやチカにだって、また無用な心配をかけてしまう。
(……じゃあ、お昼休みにすれ違ったときに、ノートに挟んでそっと渡す? ……ううん、それじゃ落としたら大変だし。やっぱり、みんなが部活に行っていなくなる放課後を狙う……?)
考えれば考えるほど、頭の中のシミュレーションはどれも少女漫画のやりすぎなワンシーンみたいに思えてきて、揺里はたまらなくなってベッドにごろんと横たわった。
天井を見つめると、放課後の図書室で、少し口を尖らせて千歳くんに言い返してしまったときの気まずさも、一緒に胸の奥をチクリと刺してくる。
伊織くんにハンカチをどう返すか。千歳くんと明日どんな顔をして同じ図書室に座ればいいのか。
「……私の毎日、急にやることが増えすぎ」
パステルカラーのカーテンが夜の風に小さく揺れるなか、揺里は枕をぎゅっと抱きしめた。
明日が来るのが、なんだかいつもより少しだけ待ち遠しくて、そして同じくらい、ちょっぴり怖かった。




