第47話:放課後のロッカー前、賑やかな盾
美術の授業が終わり、ホームルームを終えた教室。
揺里は自分の席で、スケッチブックをスクールバッグにしまっていた。肘の下の絆創膏が、腕を動かすたびに少しだけ突っ張る。
(またハンカチ、洗わなきゃな……)
バッグのポケットに入った、少し湿ったブルーのチェックを指先でなぞる。
みんなが部活や下校の準備でバタバタと動き回るなか、不意に上から少し低めの声が降ってきた。
「――おい、一六立。傷、大丈夫だったか?」
ハッとして顔を上げると、そこには自分のバッグを肩にかけた伊織くんが立っていた。いつものお調子者の笑顔を少し引っ込めて、覗き込むような真面目な目をしている。
「あ、うん。チカちゃんに絆創膏貼ってもらったから、もう全然――」
「おっ、何だよ伊織ー! お前また一六立にちょっかい出してんのか?」
揺里が言い切るより早く、廊下から戻ってきた男子グループの何人かが、ニヤニヤしながら伊織くんの首に腕を回した。
「美術の時間にぶつかったの、まだ気にしてんのかよ? 優等生アピールかー?」
「一六立もさ、こいつにヨダレの件で弱みでも握られてんの?」
男子たちの遠慮のない、大きな笑い声が教室に響く。
カッと顔が熱くなり、揺里が言葉に詰まってバッグを強く抱きしめた、その時。
「ちょっと、男子!」
すぐ横から、鋭い声と一緒にマイが二人の間に割って入ってきた。腰に手を当てて、男子たちをキッと睨みつける。
「伊織くんが不注意でぶつかったんだから、心配するのは当たり前でしょ! 変な冷やかしやめてよね!」
「そうだよ。あんたたちうるさい。早く部活行きなよ」
チカもノートを胸に抱えたまま、冷ややかな視線を男子たちに向けた。二人の頼もしい背中の登場に、男子たちは「うわ、女子軍団こわー!」と大げさに手を上げて一歩下がった。
「わり、一六立。また明日な!」
伊織くんは男子たちに背中を押されながらも、困ったように笑ってひらひらと手を振り、そのまま賑やかに教室を出ていった。
「もー、男子って本当に子どもなんだから」
マイがふうっと息を吐いて振り返り、チカも「ゆらりん、気にしなくていいからね」と優しく微笑んでくれる。
「うん……! ありがとう、二人とも」
昨日、一人きりの教室で涙を流していたときの、あの胸の重みが嘘のように遠くへ薄れていく。
友達の温かい手のひらのなかに守られている安心感。けれど、バッグの底には、また伊織くんのハンカチという新しい秘密が眠っている。
(私の毎日って、なんだかどんどん忙しくなっていくな……)
本に書かれた難しい言葉も、友達とのたわいもない時間も、クラスの男の子たちの騒がしい笑い声も。
今の揺里には、どれが一番の正解なのかはまだ分からない。
ただ、バッグの底のハンカチをもう一度そっと確かめながら、揺里は夕暮れの光が差し込む教室のなかで、次の場所へ向かうためにゆっくりと立ち上がった。




