第42話:廊下のささやき、二つの好奇心
キーンコーンカーンコーン。
2限目の移動教室を告げる予鈴のチャイムが、廊下に鳴り響いた。
次の授業は、校舎の反対側にある美術室だ。揺里はスケッチブックと筆箱を抱え、前の席のマイ、チカと一緒に教室を出た。
大勢の生徒たちが行き交う賑やかな廊下を、上履きをパタパタと鳴らしながら並んで歩く。
「――ねえねえ、ゆらりん」
少し歩いたところで、前を歩いていたマイが、歩幅を緩めて揺里のすぐ横へと並んできた。手にしたスケッチブックで口元を隠しながら、きらきらとした好奇心の塊のような目で覗き込んでくる。
「さっきの一限の後さ、伊織くんがゆらりんの机に来てたじゃん? あれって何だったの?」
「あ、やっぱり見てたんだ……」
揺里は少しだけ頬を赤くしながら、抱えたスケッチブックをぎゅっと胸に引き寄せた。
「ううん、ちょっとね。昨日、私が教室で失くし物しちゃって、それを伊織くんが拾ってくれてたの。だから、そのお礼を言ってただけだよ」
「へえー、拾い物なんだ」
マイはいちごオレの甘い余韻を残したまま、ふーんと面白そうに首を傾げた。
その隣で、静かに前を見つめて歩いていたチカが、少しだけ声を落として言った。
「でも、ゆらりん。伊織くん、なんかハンカチみたいなの受け取ってなかった? ポケットに押し込んでたの、見えちゃったんだけど」
「えっ、あ、あれは……!」
さすがにチカの鋭い目は誤魔化せない。揺里はドクンと跳ねる胸の音を隠すように、慌てて言葉を紡いだ。
「貸してもらったから、洗って返しただけ! 本当にそれだけだからね!」
「あはは、ゆらりん顔真っ赤! 怪し〜い!」
マイが嬉しそうに声を上げて、揺里の肩をぽんと小突いた。チカも、少しだけ呆れたような、けれどいつもの優しいはにかみを含んだ瞳でクスッと笑う。
「まあ、あの伊織くんだしね。変なことにはなってなさそう」
「もー、本当に何もないってば!」
二人の等身大の笑顔と、心地いいいつものからかい。
先週、一人で哲学の本を読みながら抱え込んでいた、あのジリジリとした息苦しさは、二人の笑い声のなかにサラサラと溶けて消えていくようだった。
美術室の重い木の引き戸が見えてくる。
カバンの中に残ったかすかなラベンダーの香りと、伊織くんのあのぶっきらぼうな「おう」という声を胸の隅にしまいながら、揺里は友達と一緒に、明るい光の差し込む教室の中へと足を踏み入れた。




