第35話:ぐちゃぐちゃの思考、白紙の上の本音
揺里はスクールバッグから、いつものパステルカラーのノートを取り出した。
シャープペンシルの芯をカチカチと二回押し出し、真っ白なページを見つめる。
偉い人が書いた本には、一人でいる時間は贅沢で幸せなものだと、すごく綺麗な言葉で書いてあった。他人の視線から解放されるのが幸せ、というのも、理屈としてはなんとなく分かる。
開いたページを見つめるけれど、今の揺里の頭の中は、そんな風に綺麗には整理できていなかった。
(……だって、やっぱり寂しいものは寂しいもん)
揺里は、尖らせたシャープペンシルの先をノートに押し付け、湧き上がってきた等身大の気持ちをそのまま、丸っこい文字で乱雑に書き殴った。
『本に書いてあることは、かっこよすぎる。
一人の時間が最高なら、どうして私はさっき、教室で置いてけぼりになったみたいに泣いていたんだろう。
一人ぼっちは、やっぱり心がジリジリして、息が苦しくなる』
難しい哲学の理論なんて、今の揺里にはよく分からない。ただ、本が教えてくれる「正解」と、自分がさっきまで流していた「涙」が、どうしても心の中でケンカをしてしまうのだ。
揺里は少し手を止めて、スクールバッグの奥をチラリと見た。
そこには、伊織くんから借りたブルーのチェック柄のハンカチが、まだ静かにシトラスの香りを漂わせている。
ノートの次の行に、少しだけ力を抜いて書き足した。
『伊織くんにハンカチをもらって、バカみたいなキザなセリフを言われたとき、私は笑っちゃった。
あのとき、一人ぼっちの部屋から、誰かが無理やりドアを開けて引っ張り出してくれたみたいに、すごくホッとした。
一人でいるのが幸せなら、私はどうして、あの不器用な優しさがこんなに嬉しかったんだろう』
ぐるぐると同じところを回るような、まとまりのない文章。
サルトルの時のように「分かった!」というスッキリした感覚はなくて、書けば書くほど、自分の子供っぽさや矛盾が浮き彫りになっていくみたいで、揺里は小さくため息をついた。
窓際の席からは、相変わらず千歳くんがページをめくる規則正しい音が聞こえてくる。
彼は、この本の言う「孤独の幸福」が分かるのだろうか。
揺里はノートをパタンと閉じ、自分の両頬をペチッと叩いた。
分からないからこそ、もっと読まなきゃいけない。このノートのぐちゃぐちゃな余白が、いつか本当の私の答えで満たされる日まで、私はこの本を手放さない。
夕暮れの光が、ノートのパステルカラーの表紙を、少しだけ切なく、けれど優しく包み込んでいた。




