第31話:静寂を破る靴音、夕暮れの闖入者
「う……っ、ひく……」
机に顔をうずめたまま、揺里は何度も小さくしゃくり上げた。
涙を吸い込んだ制服の袖が、じっとりと冷たくて重い。誰もいないはずの教室は、ただ机と椅子が整然と並んでいるだけなのに、今の揺里にとっては世界のどこよりも広くて、そして孤独な場所に感じられた。
自分で選んだ秘密のはずなのに、どうしてこんなに胸が痛むんだろう。
涙で視界がぐちゃぐちゃに滲み、頭がズキズキと痛む。自分の耳に届くのは、窓の外を忙しなく走る車の音と、自分の頼りない呼吸の音だけだった。
ガララ、と。
静まり返った空間に、突如として引き戸が開く乾いた音が響き渡った。
「――あ」
揺里は心臓が口から飛び出るかと思うほど激しく跳ね上がるのを感じた。
慌てて顔を上げようとしたけれど、真っ赤に腫れた目と、涙で濡れた顔を誰かに見られるわけにはいかない。揺里はさらに深く机に顔を押し付け、息を殺して背中を丸めた。
トコ、トコ、と上履きの足音がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
マイやチカの軽い足音じゃない。少し低くて、確かな重さを持った、男子の足音だ。
(誰……? お願い、早く行って……)
祈るような気持ちで拳をぎゅっと握りしめる。
足音は教室の後ろの席――千歳くんの机のあたりで一度止まり、ガサゴトと机の奥を探るような音が聞こえた。小テストのプリントか何か、忘れ物を取りに戻ってきたのだろうか。
そのまま帰ってくれる。そう思った。
けれど、再び始まった足音は、なぜだか出口のドアへは向かわず、まっすぐに揺里の席のすぐ横でぴたりと止まった。
夕暮れの長い影が、机の上で泣いている揺里の小さな背中を、すっぽりと覆い隠すように重なる。
「……おい」
上から降ってきたのは、低くて、少しぶっきらぼうな声だった。
千歳くんではない。同じクラスの、確か窓側の席に座っている男子だ。まともに話したことはほとんどないけれど、日直の仕事のときに少しだけ言葉を交わしたことがある、名前は確か――。
「一六立、……何泣いてんだよ」
いつもは教室の賑やかな男子グループのなかで笑っているはずの彼が、今は驚くほど静かで、どこか戸惑ったようなトーンで揺里の名前を呼んだ。
揺里は机に突っ伏したまま、首を横に振ることしかできなかった。
嘘をついた自分が苦しくて、でもここでまた「大丈夫」なんて嘘を重ねたら、本当に心が壊れてしまいそうだった。夕日の差し込む教室の片隅で、二人の間に、張り詰めたような奇妙な沈黙が流れていく。




