第30話:涙の雨宿り、隠しきれなかった歪み
「――じゃあね、ゆらりん! また明日!」
「宿題、忘れないようにねー!」
ホームルームが終わった後の賑やかな喧騒のなか、マイとチカが手を振りながら教室を出ていく。揺里もいつものように「うん、また明日ね!」と笑顔で振り返した。
けれど、二人の背中が完全に廊下の向こうへ消え去り、教室のざわめきが少しずつ遠のいていった瞬間。
ポツ、と机の木目に小さな濡れた染みが広がった。
(……え?)
自分の頬を伝って、冷たいひとしずくが落ちていく。
一度溢れ出した涙は、止めようとすればするほど、堰を切ったように次から次へと溢れて止まらなくなってしまった。揺里は慌てて両手で顔を覆ったけれど、指の隙間から涙がポロポロとこぼれ落ちて、制服のスカートに小さな濃い水玉模様を作っていく。
どうしたの? 大丈夫?
心の中で、お昼休みに二人が向けてくれたあの優しい、心配そうな声が何度も何度もリフレインする。
あのときは、ただ笑いすぎて涙が出ただけだよ、と困ったように笑ってみせた。朝一番に他のクラスの女子から千歳くんとのことを聞かれたときも、本当にただのクラスメイトだよ、と必死にかわした。
友達のことが大好きで、みんなを傷つけたくなくて、ただこれ以上大騒ぎにされたくなくてついた、本当に小さくて、些細な嘘。
(……こんなに苦しいなら、最初からつかなければ良かった)
胸の奥が、ぎゅっと雑巾を絞るように痛む。
嘘をつくということは、自分だけの秘密を守るということだと思っていた。でも、その小さな秘密のせいで、マイやチカの真っ直ぐで純粋な優しさが、今の揺里にはまるで鋭い針のように胸を刺してくる。
みんなに嘘をついている。みんなに隠し事をしている。
その事実が、昨日まで自分の部屋で温めていたはずの『孤独の幸福』という言葉さえも、今はひどく冷たくて、寂しいものに塗り替えていくようだった。
夕暮れの光が差し込む誰もいない教室の片隅で、揺里は机に突っ伏したまま、静かに、声を殺して泣き続けた。
スクールバッグの中で眠るディープブルーの文庫本は、今の揺里の涙に対して、まだ何の答えもくれないまま、静かに沈黙を守っていた。




