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それのどこが悪い!?【完全版】  作者: ぬこのここぬこ


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32/62

第32話:放課後のマジシャン、涙のあとの小さな風


「……ほら、これ使えよ」


上から降ってきた少し軽い声と一緒に、揺里の視界の端に、綺麗にたたまれたブルーのチェック柄のハンカチが差し出された。微かに爽やかな、シトラスのコロンの匂いが鼻をかすめる。


その主は、クラスのムードメーカーでいつも輪の中心にいる、帰宅部の伊織(いおり)だった。普段は冗談ばかり言ってみんなを笑わせている彼が、今は少しだけ真面目な、けれどいつものおちゃらけた雰囲気を残したまま、机の横に立っている。


揺里は机に突っ伏したまま、震える手でそのハンカチを受け取り、目元をそっと押さえた。


クラスの男子の前で泣いてしまうなんて、恥ずかしくて消えてしまいたい。けれど、伊織は急かすこともせず、ポケットに両手を突っ込んだまま、窓の外の夕焼けを眺めていた。


「ま、男の俺が言うのもなんだけどさ」


伊織は、わざとらしく前髪を指先でくいっと持ち上げると、少しモデルみたいなポーズを取って見せた。


「泣きたいときはさ、思いっきり泣いて、全部吐き出せばいいんだよ。溜め込むのは、このイケメンな俺の美学に反するからね」


あまりにもキザで、いつもの彼らしい突飛なセリフ。

張り詰めていた教室の空気が、その一言でふっと緩んだ気がした。揺里はハンカチに顔を埋めたまま、「ふふっ……」と、こらえきれずに小さく吹き出してしまった。


「あ、やっと笑った」


伊織は満足そうに白い歯を見せて笑うと、背中を向けて歩き出した。


「邪魔して悪かったな。あ、今のことは誰にも言わないよ。俺、口の固さだけはクラス一だから」


ドアの前で一度だけ振り返り、キザにウィンクをしてみせる。


「……伊織くん」


揺里は赤くなった目のまま、顔を上げて彼の背中を見つめた。


「ありがとう」


「おぅ、また明日な」


伊織はひらひらと手を振りながら、今度こそ廊下へと去っていった。軽快な上履きの足音が、遠くへ消えていく。


一人きりに戻った教室。


涙はすっかり止まっていた。


友達についた小さな嘘の苦しさは、まだ胸の奥に淡く残っているけれど、伊織が残していったシトラスの香りと優しい笑い声が、凝り固まっていた揺里の心を、少しだけ柔らかくほどいてくれたようだった。

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