第27話:席のまわりの小さなさざ波、二人の目線
結愛と莉子が、まだクスクスと楽しそうに笑いながら揺里の席を離れていく。二人の背中が遠ざかった瞬間、揺里は張り詰めていた息を、ほうっと大きく吐き出した。
熱くなった頬を両手で挟んで冷まそうとしていると、すぐ隣からトントン、と机を叩く音がした。
「――ゆらりん、今の何の話だったの?」
振り返ると、マイが購買のいちごオレを持ったまま、不思議そうに首を傾げていた。その隣では、チカがいつもの少し鋭い瞳で、結愛たちが去っていった廊下の方をじっと見つめている。
「えっ? あ、ううん! なんでもないよ!」
揺里は慌てて手を大きく振った。
「本当に? なんか結愛たち、すっごいニヤニヤしながらゆらりんのこと囲んでたからさ」
マイはいちごオレのストロベリー色のストローをくわえながら、ジッと揺里の顔を覗き込んでくる。
「うん、本当にただの、次の授業の連絡っていうか……」
嘘をつくのは胸が痛むけれど、さっきの千歳くんとの噂話をそのまま二人に話すのは、なんだかどうしても恥ずかしかった。まともに話したこともほとんどないのに、大げさに騒がれてしまうのが、何より怖かった。
チカは何も言わずに、揺里の少し震える指先と、教室の後ろの席を交互に一瞬だけ見やった。
けれど、チカはすぐにいつもの無表情に戻ると、「ふーん。ならいいけど。マイ、早く席戻りなよ。もうすぐ予鈴鳴るし」と、マイの制服の袖を軽く引っ張った。
「あ、もうそんな時間? じゃあねゆらりん、また次の休み時間ね!」
マイはいつもの無邪気な笑顔で自分の席へと戻っていった。チカもそれに続く。
二人の背中を見送りながら、揺里は机の上に広げた教科書に、そっと視線を落とした。
ただのクラスメイトたちの、何気ない噂話。そして、大好きな友達の、純粋な疑問。
学校の教室というこの四角い箱の中では、ほんの小さな出来事ですら、水面に広がる波紋のように、みんなの間に伝わっていってしまう。
キーンコーンカーンコーン。
そのとき、朝の始まりを告げるチャイムが、教室のざわめきを遮るように鳴り響いた。
窓から差し込む朝の光が、教科書の白いページを眩しく照らす。
揺里はそっと深呼吸をして、背筋を伸ばした。
友達の優しさと、胸の奥の小さな隠し事。その両方を抱えたまま、揺里の火曜日の1時間目が、静かに幕を開けようとしていた。




