第26話:朝休みの抜き打ちテスト、隠しきれない温度
「――ねえ、一六立さん」
火曜日の朝休み。教室の自分の席で次の授業の準備をしていた揺里は、不意に上から降ってきた声に顔を上げた。
そこに立っていたのは、同じクラスでちょっと噂好きなグループの女子、結愛と莉子だった。いつもマイやチカと過ごしている揺里の席に、彼女たちがやってくるのは珍しい。二人はどこか値踏みするような、けれど楽しげな笑みを浮かべて覗き込んできた。
「え、なに……?」
揺里がノートを片付ける手を止めると、結愛は声を一段低くして、隣の莉子と顔を見合わせた。
「最近さ、一六立さんってば、千歳くんとよく一緒にいない? 昨日も放課後の図書室で、なんか二人で並んで座ってたって、別のクラスの子が言ってたよー?」
「えっ……!?」
心臓が、ドキン、と大きな音を立てて跳ね上がった。
顔が一瞬でカッと熱くなるのが自分でも分かる。
「ち、違うよ! たまたま、図書室で席が近かっただけで……!」
「えー、本当にそれだけ? 千歳くんっていつも不機嫌そうで誰とも話さないのに、一六立さんといるときはなんか雰囲気違うって噂だよ?」
莉子がニヤニヤしながら身を乗り出してくる。二人の真っ直ぐな、好奇心に満ちた視線。それが無防備な揺里の胸をチクチクと突いてくる。
まともに会話だって、ほとんどしたことがない。
ただ、誰も私のことを分かってくれないと思っていたあの四角い教室の延長線上で、彼が同じ図書室の静寂の中にぽつんと佇んでいた。数回、同じ空間を共有しただけ。ただ、それだけのことなのに。
「本当に、ただのクラスメイトだってば……!」
揺里は熱くなった頬を手で隠しながら、二人の追及を必死にかわした。
ふと視線を感じて教室の後ろへ目を向けると、千歳がスクールバッグから教科書を取り出しているところだった。彼は結愛たちの騒ぎ声に気づいたのか、一瞬だけこちらを見て、気まずそうにふいっと視線を窓の外へ逸らした。
その、ほんの少しの不器用な横顔を見た瞬間。
胸の奥がキュンと、切ないような、くすぐったいような音を立てて鳴った。
クラスメイトの言葉に焦りながらも、揺里のスクールバッグの中には、昨日選んだディープブルーの文庫本が静かに眠っている。
冷たい風が窓から入り込み、火照った頬をかすめていく。
この、まだ誰も知らない、淡くて不確かな温度をそっと胸の奥に閉じ込めて、揺里は静かにノートのページをめくった。




