第20話:パステルピンクの帰り道、バスの窓から見える空
本を元の棚へ戻し、重い自動ドアを抜けると、外の空気は昼間よりも少しだけひんやりとしていた。
「……ふわぁ」
揺里は小さく息を吐き出し、お気に入りのポシェットの紐を肩にかけ直した。
街路樹の葉が、夕暮れの優しい風に揺れて、サラサラと心地いい音を立てている。
駅へと向かうバスに乗り込み、一番後ろの窓際の席に腰掛ける。
プシューと重い音を立ててドアが閉まり、バスがゆっくりと動き出した。
窓ガラスにそっとおでこを押し当てると、ひんやりとした感触が、本を読みふけって少し火照った頭に心地よかった。
流れていく景色は、お昼に見たいつもと違う商店街の看板や、知らない誰かの家の明かり。オレンジ色から、だんだんと深い紫色のグラデーションへと変わっていく空を、揺里はじっと見つめていた。
(みんな、本当におうちに帰るんだな……)
平日の夕方なら、マイやチカとお喋りしながら歩く、賑やかな通学路。
でも今の揺里の耳に届くのは、バスの低いエンジン音と、誰かがめくる新聞のガサガサという音だけ。
それは、ひどく孤独で、けれど、信じられないくらい自由な時間だった。
自分の部屋にあるノート。
そこへ新しく書き留めたい言葉や、さっき見た星空の絵のきらめきが、胸の奥で何度も静かにきらめいている。
誰に言い訳をするわけでもなく、誰の許可を求めるわけでもない。
ただ、お気に入りのブラウスの裾を少しだけ揺らしながら、夕暮れの街を一人でバスに揺られて帰る。ただそれだけのこと。
でも、それだけで、私のなかの何かが、静かに、満たされていくのが分かった。
最寄りの停留所でバスを降り、見慣れた家の玄関のドアを開ける。
「ただいま」と小さく呟いた揺里のローファーの先には、今日という特別な土曜日の、優しくて温かい余韻が、いつまでも静かに残っていた。




