第19話:パレットのなかの至福、私だけの秘密の海
大きなガラス窓から差し込む、お昼下がりの柔らかな陽の光。
揺里は、外の青々とした街路樹が見渡せる、白い木製の読書席にそっと腰掛けた。
机の上には、自分で見つけてきたエッセイ集と小さな画集。
誰かに話を合わせる必要も、他人の冷たい視線に怯える必要もない。ただ、目の前にある美しい言葉と色彩だけに、自分のすべての心を委ねることができる空間。
(……なんて、贅沢な時間なんだろう)
ポシェットからお気に入りのハンカチを取り出して机に置き、揺里はゆっくりと、旅のエッセイ集の続きを開いた。
ページをめくるたびに、乾いた紙がササッと優しい音を立てる。
静まり返った館内には、遠くの方で誰かがページをめくる音や、大人がノートに文字を書き留める鉛筆の音だけが、心地いいBGMのようにかすかに響いていた。学校の教室の、あのトゲトゲした賑やかさとは正反対の、耳に心地いい静寂。
本の中で、旅人は世界中の美しい街を歩いていた。
夕暮れ時に黄金色に染まる異国の運河、夜明け前の誰もいない朝市。
文字を追い、写真を眺めているだけで、揺里の体は白い椅子の上のまま、心だけが何千キロも遠い、見たこともない世界へとふわふわと旅をしていく。
続いて、小さな画集を開く。
そこには、光の粒のようなきらきらとした色彩で描かれた、幻想的な星空の絵があった。
じっと見つめていると、胸の奥がキュンと切なくなるような、けれど不思議と包み込まれるような、とても優しい気持ちになっていく。
哲学の本は、自分の足で立ち上がるための「強さ」を教えてくれた。
...そして、今日出会ったこの本たちは、傷ついた私の心をそっと包み込んでくれる「優しさ」をくれた。
(本を読むって、こんなに自由で、あったかいことだったんだ……)
いつの間にか、お気に入りのブラウスの袖を抜けていく風が、とても心地よく感じられた。
学校での息苦しさも、友達との間の小さな距離も、今の揺里にとっては、この広い世界の中のほんのちっぽけな出来事のように思えてくる。
時計の針は静かに進んでいくけれど、ここでは誰も揺里を急かさない。
時間が経つのも忘れて、ただ、世界中の美しいものに胸をときめかせる。
誰に言い訳をするわけでもなく、誰の許可を求めるわけでもない。
これこそが、私の選んだ、世界で一番優しくて愛おしい、至福の時間だった。
西日が少しずつ長くなり、机の上に長い影を作り始めるまで、揺里は自分だけの秘密の海のなかで、どこまでも深く、幸せに満ちた呼吸を繰り返していた。




