第16話:冷たい検索画面、かすかな舌打ち
光の降る大きなロビーを通り抜け、揺里は『図書検索コーナー』と書かれた場所へと向かった。
そこには、何台もの黒いパソコンのような検索端末がずらりと並んでいて、大人たちが静かに画面を叩いている。
学校の図書室なら、手作りの小さなカードや、背表紙を自分の目で見て探せばすぐに目的の本が見つかった。けれど、この見渡す限りの本の海から、次の一冊を一人で見つけ出すのは、想像以上に大変なことのように思えた。
(……ええと、まずは画面のここを押すのかな)
揺里は、少し緊張しながら空いている端末の前に立った。
パステルピンクのブラウスの袖を少し気にして、恐る恐る液晶画面に触れてみる。画面には『キーワード検索』という、少し冷たい文字の並ぶ窓が現れた。
キーボードの前に指を置き、「さ、る、と、る」と一文字ずつゆっくりと打ち込んでいく。
けれど、検索結果のボタンを押すと、画面には見たこともないような専門的な本のタイトルが何十冊も、ずらりと並んでしまった。上下のスクロールの仕方も、学校のパソコン室で使うものとは少し違っていて、どうすれば自分の読みたい初心者向けの本にたどり着くのかが分からない。
「……あれ? どうやるんだろ……」
焦れば焦るほど、画面の文字がチカチカと滲んで見える。
タッチパネルを何度も押し間違え、画面が最初のメニューに戻ってしまった。
その時だった。
「――チッ、遅いな……」
すぐ後ろから、低くて、ひどく冷ややかな舌打ちの音が聞こえた。
揺里の心臓が、ドキン、と嫌な音を立てて跳ね上がった。
慌てて振り返ると、そこには黒いジャケットを着た、大学生くらいの少し背の高い男の人が、イライラした様子で腕を組んで立っていた。その鋭い視線が、不器用にもたついている揺里の小さな背中を、真っ直ぐに睨みつけている。
「あ……ご、ごめんなさい……っ」
顔が一瞬でカッと熱くなる。
学校のマイたちや、バスの隣のおばあちゃんが見せてくれたような優しい世界は、ここにはなかった。ここは、誰もが自分の目的のために動いている、冷たくて、容赦のない「大人の世界」なのだ。
恥ずかしさと、申し訳なさと、そして突如として襲ってきた猛烈な怖さに、揺里の手先がガタガタと震え出した。
「すみません……!」
これ以上そこにいることが耐えられなくなり、揺里は検索を諦めて、逃げるようにその場を飛び出した。
ポシェットの紐をぎゅっと握りしめ、革靴の音を響かせながら、広い通路をがむしゃらに走る。
振り返る勇気なんてなかった。
誰も私のことなんて気にしていないと思っていたのに、一歩間違えれば、他人の冷たい視線が容赦なくナイフのように突き刺さってくる。
広い館内の、少し薄暗い、背の高い棚の影へと滑り込む。
ゼェ、ゼェ、と小さな呼吸を繰り返しながら、揺里は壁に背中を預けて、トクトクと激しく波打つ胸を押さえた。
(やっぱり、私なんかには、まだ早かったのかな……)
お気に入りのブラウスを着て、少しだけ背伸びをしてやってきた大きな図書館。
けれど、ただ本を探すことすら上手くできない自分に、揺里は激しい情熱がしぼんでいくような、切ない無力感を覚えていた。
棚の隙間から差し込む光が、今の揺里の影を、とても小さく、ぽつんと寂しそうに床に落としていた。




