第15話:ガラスの宮殿、息をのむ本の海
バスのドアがプシューと重い音を立てて開くと、目の前には、学校の校舎よりもずっと大きな建物が、お昼下がりのまばゆい太陽の光を浴びてそびえ立っていた。
『市立中央図書館』
コンクリートと大きなガラス窓でできたその建物は、まるで光を集める透明な宮殿のようだった。
揺里は、お気に入りのポシェットの紐をぎゅっと握りしめ、ゆっくりと歩みを進めた。入り口の自動ドアが静かに左右に開くと、ふわりと心地いい風が揺里の頬をなでる。
一歩、足を踏み入れた瞬間――。
「……わぁ……っ」
揺里は思わずその場に立ちすくみ、小さな歓声を漏らしてしまった。
広い。驚くほど、広い。
見上げるほど高い天井からは、柔らかな木漏れ日のような光が降り注いでいる。そして、地平線のようにどこまでも整然と並ぶ、無数の焦げ茶色の木製の棚。そこには、数え切れないほどのカラフルな背表紙が、ぎっしりと、美しく並んでいた。
学校の図書室なんて、この建物の入り口のロビーくらいにしかならないかもしれない。
平日の教室を満たしている、あの「誰が誰と仲が良い」とか「誰が誰をどう思っている」という、息が詰まるほど濃密で狭苦しい空気は、ここには一切なかった。
ここにあるのは、ひたすら静かで、けれど圧倒的な量の、世界中の言葉の気配。
革靴の小さな足音を響かせながら、大人の人たちが静かに歩いていく。
誰も、揺里の服を品定めしない。誰も、揺里が何者であるかを気にしない。
ただの「名前のない一人の人間」として、この美しくて静かな空間に溶けていけることが、揺里にはたまらなく心地よかった。
(バスのおばあちゃんが言っていた通り、本当に気持ちがいい場所……)
胸の奥の風通しが、一気に良くなったような気がした。
学校という小さな箱の外には、こんなにも広くて、優しくて、静かな世界が、私を待ってくれていたんだ。
揺里は、トク、トク、と高鳴る胸の鼓動を感じながら、ゆっくりと本の海の奥へと歩き出した。
案内板に書かれた『哲学・思想』の文字を探して、私のまだ知らない「新しい言葉」に出会うために――。




