第13話:ストロベリーの魔法、溶けていく境界線
土曜日の駅前は、平日の通学路とはまったく違う、華やかな熱気に満ちていた。
揺里は、お気に入りのパステルピンクのブラウスの裾をきゅっと整えながら、待ち合わせ場所の時計台を見上げた。いつものスクールバッグではなく、お気に入りのリボンのついたポシェットを肩にかけているだけで、なんだか背中に小さな羽が生えたみたいに心が軽い。
「ゆらりん、お待たせー!」
向こうから、私服姿のマイとチカが手を振りながら走ってきた。
平日の制服姿とは少し違う、それぞれの個性が光る可愛いお洋服。二人の弾んだ笑顔を見た瞬間、先週まで揺里の胸をどんよりと覆っていた霧が、嘘みたいにサラサラと晴れていくのが分かった。
「マイ、チカ! おはよ!」
「もー、ゆらりんのブラウスめっちゃ可愛い! どこで買ったの?」
「チカのデニムジャケットこそおしゃれ!」
お互いの私服を褒め合う、いつもの、大好きなやり取り。
三人がお喋りをしながら向かったのは、駅前に新しくオープンした、SNSでも話題のアイスクリーム専門店だった。
ガラス張りの店内は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようなポップな内装で、甘いバニラと焼き立てのワッフルコーンの香りが、優しく鼻をくすぐる。
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」
カウンターの向こうから聞こえてきたのは、驚くほど爽やかで、少し低めの心地いい声だった。
顔を上げた瞬間、三人揃って息を呑む。
そこにいたのは、淡いピンクのエプロンを身につけた、モデルみたいに背が高くて端正な顔立ちのアルバイトのお兄さんだった。少し茶髪の混じった髪に、きらきらとした優しいタレ目が、こちらを向いて極上のスマイルを浮かべている。
(……わ、ものすごいイケメン……っ!)
揺里の心臓が不意にトクンと跳ねる。
隣を見ると、マイもチカも完全にフリーズして、頬を真っ赤に染めていた。
「あの、私……ぜ、限定のストロベリーミルフィーユにします!」
マイが今まで聞いたこともないようなお淑やかな声で注文すると、お兄さんは「ありがとうございます。これ、イチゴが濃厚で一番おすすめなんですよ」と、また眩しい笑顔を返してくる。
チカも緊張で声を震わせながらピスタチオを注文し、揺里の番になった。
「私は……ベリーベリーベリーにします!」
「はい、ベリーベリーベリーですね。お洋服のピンクとお揃いですね」
さらりとそんな少女漫画みたいなセリフを微笑みながら言われ、揺里の顔は一瞬でゆでダコみたいに真っ赤になってしまった。
三人それぞれのアイスを受け取り、奥の窓際の席に座った瞬間。
「キャーーーッ!!」と、三人は声を押し殺しながら、一斉に机に突っ伏した。
「ちょっと! 見た!? あの顔、反則なんだけど!」
マイが顔を真っ赤にして足をジタバタさせる。
「声までかっこよかった……! ゆらりん、服お揃いって言われてたじゃん!ずるい!」
チカも興奮を隠しきれない様子で身を乗り出してくる。
「も、もう、からかわないでよー!」
揺里は熱い頬を手で仰ぎながら、スプーンですくったアイスを口に放り込んだ。きゅんと甘酸っぱいイチゴの風味が、火照った体に優しく広がっていく。
さっきまでの緊張や先週のモヤモヤなんて、お兄さんの眩しさと美味しいアイスの魔法で、跡形もなく吹き飛んでしまっていた。
「……ねえ、ゆらりん」
マイが少し落ち着きを取り戻し、愛おしそうに微笑んだ。
「先週、ゆらりんがなんだか遠くに行っちゃったみたいで、ウチらちょっと寂しかったんだからね」
「うん」とチカも小さく頷く。「でも、今日こうして一緒に騒げて、なんか安心した」
二人の真っ直ぐな言葉が、揺里の心に優しく溶け込んでいく。
自分の時間や、読みたい本を大切にすることと、大好きな友達を大切にすることは、ちゃんと両立できるんだ。
「みんな、本当にごめんなさい。……あ、あのね、私、このあとちょっとだけ、行ってみたい場所があって」
揺里は、少しだけ胸をトクンと鳴らしながら、自分の言葉で告げた。
「街の、大きな図書館なんだけど……もっと読んでみたい本が、あるの」
マイとチカは一瞬目を丸くしたけれど、すぐにマイが「えー!ゆらりん、あのイケメンお兄さんの次に本!? ギャップ凄すぎ!」と声を上げて笑った。
「じゃあ、駅の改札まで一緒に行こ。次会ったとき、どんな本読んだか教えてね」
チカもいつもの優しい瞳で微笑んでくれた。
大好きな友達と過ごす、甘くて温かい時間。
友達の優しさに背中を押されながら、揺里はいよいよ、あの広大な「本の海」へと一歩を踏み出す。




