第11話:最後のページ、最初の選択
月曜日の朝。
週末のパステルカラーの静寂は終わりを告げ、またいつもの、少し騒がしい一週間が始まった。
「ゆらりん、おはよ! 今週の土曜、駅前のアイス屋さん行かない?」
席につくなり、マイがいつもの眩しい笑顔で振り返ってくれた。チカも隣で「限定のストロベリー味、出たんだって」とスマホの画面を見せてくれる。
先週のギクシャクをなかったことにしてくれるような、二人の優しさ。
いつもなら「行く行く!」と即答して、その優しさに甘えていただろう。でも、揺里の胸の中には、あのノートに書き写した丸っこい文字の言葉が、小さなお守りのようにしっかりと息づいていた。
「……うん、行きたい! 土曜日の、お昼からなら大丈夫」
自分の予定をちゃんと確かめて、自分の言葉で答える。
それだけのことが、今の揺里にとっては、小さくて大きな、最初の一歩だった。
マイとチカは嬉しそうに顔を見合わせて「やったー!」とはしゃいでいる。その姿を見て、胸の奥がじんわりと温かくなった。自分に嘘をつかなくても、みんなと繋がっていられる方法は、きっとあるはずだ。
そして放課後。
揺里は、吸い寄せられるように図書室の扉を開けた。
西日の差し込む『哲学・思想』の棚。そこには、一週間ずっと揺里に寄り添ってくれた、あの色褪せた文庫本が静かに待っていた。
窓際の席には、今日も千歳が座って別の本を読んでいる。お互いに声はかけない。けれど、この静寂を共有しているというだけで、どこか心強かった。
揺里は椅子に腰掛け、文庫本の残された最後の数ページを開いた。
文字を目で追っていく。
サルトルは、未来はあらかじめ決まっているものではなく、自分の選択によって、これからいくらでも作っていくものなのだと、最後にそう締めくくっていた。
(……私の未来は、私が選んでいく)
ぱたん、と静かな音がして、最後のページが閉じられた。
一冊の本を読み終えた瞬間、図書室の窓から差し込む夕暮れの光が、いつもよりずっとキラキラと輝いて見えた。
揺里は立ち上がり、本を元の棚へと戻した。
ぽっかりと空いた、その隣のスペース。学校の小さな図書室の棚は、もうこれで終わりだ。
(もっと、広い場所へ行こう)
千歳がいつか言っていた言葉が、今ならはっきりと分かる。
ここではない、もっとたくさんの言葉が眠る、街の大きな図書館へ。
誰に言い訳をするわけでもなく、誰の許可を求めるわけでもない。
私は、私の足で、もっと広い世界へ歩き出す。
これが、一六立揺里の、本当の物語の始まりだった。




