第10話:秘密の部屋、パステルカラーの休日
土曜日の朝、揺里はアラームをかけずに眠った。
目が覚めると、カーテンの隙間から、眩しいほどの純白の朝の光が差し込んでいた。
お気に入りのミントグリーンのパジャマのまま、ベッドの中でゆっくりと伸びをする。平日の朝を支配している「早く起きなきゃ」という息苦しい秒針の音は、今日、どこにも聞こえない。
自分の部屋は、世界で一番安全な、私だけのココア缶みたいな場所だ。
大好きなキャラクターのぬいぐるみ、お小遣いを貯めて買ったお気に入りの雑貨、棚に並んだ可愛らしいティーン向けの小説。
そんな自分の大好きなものだけに囲まれた空間の中で、揺里はベッドに寝転んだまま、じっと天井を見つめていた。
(一週間、がんばったなぁ、私……)
マイの気遣うような優しい笑顔、チカの少し寂しげな横顔。
*そして、夕暮れの教室で一瞬だけ目が合った、千歳のあの眠そうな瞳。
目をつぶると、平日の学校の様々な光景が、まるでスノードームのきらめきのように、胸の奥でくるくると回る。
みんなのことが大好きで、だからこそ、教室の空気に上手く馴染めない自分が、たまらなく不器用で、愛おしくて、少しだけ切ない。
「よしっ」
揺里はベッドから起き上がると、お気に入りのマグカップに温かいココアを注ぎ、机の前に座った。
机の上には、お気に入りのノートとシャープペンシルが置かれている。
揺里は、記憶の糸をたぐるように、今週図書室で読んだサルトルの言葉を、白いページに一文字ずつ丁寧に書き写していった。
『人間は、自由という刑に処されている』
自分の手で書かれたその言葉を見つめる。
図書室の薄暗い棚の中で見つけたときは、冷たくて鋭いナイフのように思えた言葉が、こうして自分の部屋の光の中で眺めると、まるで私の背中を優しく支えてくれるお守りのようにも思えてくる。
自由だから、悩むんだ。
自由だから、友達との距離に臆病になったり、誰かの視線に胸を痛めたりするんだ。
それは、私が悪いからじゃない。私が、私の人生を一生懸命に選ぼうとしている、何よりの証拠なんだ。
窓の外では、小鳥のさえずりと、遠くを走る車の音が静かに響いている。
学校という狭い箱の外には、こんなにも穏やかで、広い世界が広がっている。
ノートを閉じ、ココアを一口すする。優しい甘さが、一週間分の乾いた心に、じわりとしみ渡っていった。
月曜日になれば、またあの四角い教室のドアを開けなければいけない。
サルトルの本の続きも、私を待っている。
けれど、今の揺里の胸の中には、昨日までの「退屈」や「息苦しさ」の代わりに、小さくて温かい、自分だけの秘密の灯火が、静かに、けれど確かにともり始めていた。
これが、一六立揺里の、小さくて大きな物語。
ゆっくりと、けれど確実に、私の新しい季節が始まろうとしていた。




