記録46:僕は悪い共同体じゃないよ
中峰の話を聞き終わってすぐに、僕達は目的地であるアルジェリア沿岸に到着した。
ここはまだ組織の監視も行き届いていないので、絶好の上陸ポイントらしい。
今回一緒に行動するのは僕とアレックス、それからアナスタシアだ。バグは一旦戻り、水谷と李は久保田と合流しなければならないといってさっさと立ち去ってしまった。どうやら久保田との合同任務だったようだ。
今回は一体どんな台本を作ったのやら...
「おい!明日香、行くぞ〜」
これまでにないほど気が抜けているアレックスの声が聞こえた。
彼の声に、やる気がこもっていないのには理由がある。実はこれから入国、というか潜入する国家(?)であるアル・ハラータは、現在世界で一番安全なところなのだ。
銃火器の一切を禁止し、勝手に入国しても後から入国手続をすれば承認されるので、よくいろんな国から亡命してきた人がここで暮らしている。
イスラム教が国教になっていて、従わなかった場合は宗教警察に逮捕されるが、役所でもらえるマニュアルに従ってさえいれば逮捕されないのでその点は問題ない。
そのマニュアルも、結構ゆるいので豚肉を食べず、チャドル(頭だけ)を巻いていればなんとかなるのだ。
と、いうことで僕たちはイスラム教っぽい服を着ている。厳密には後ほど着替えなければならない服だが、それはまた後でどうにかすればよいだろう。
「このボートで行くぞ」
潜水艇のハッチから出ると、ゴムボートが用意されていてアナスタシアがもう先に乗り込んでいた。僕とアレックスも続いて乗り込み、潜水艇に別れを告げて出発した。
そこそこ高く昇った太陽が僕達を照らし、下を向いても海面で反射した日光が眩しい。
初めてアナスタシアの付けているサングラスが羨ましいと思った。
「そういえば、明日香さん。私、近衛隊に雇われました」
「へ?ホント?」
「はい、本当です。心配なら天菊に聞いて下さい」
「分かった。信じよう。それで、ナターシャも私達と一緒の任務を受けているの?」
「勿論です。私もアレクサンダーさんと同じ様に、半ば貴女の護衛のような役割に任命されましたから」
「頼もしい限りだね」
胸を張るアナスタシアにそう言うと、彼女は更に嬉しそうな顔をした。アレックスは『俺には及ばないだろう』とでも言わんばかりの顔をしていた。
全く二人揃って犬のようだ。もうちょっと独立してほしいと思いつつ、まあこのままのほうがやりやすいかと思う僕も居た。
海岸が近づいてくると、海岸には一人の少年が居た。恐らく関しがここを巡回しているときに運悪く出くわしてしまったのだろう。
仲間の巡回兵を呼ばれれば多少面倒になるが、まあ役所で説明を......って、あれ?銃を持っていないのか?
ゴムボートを海岸に付け、そのまま上陸した。少年はニコニコしながら僕達に近寄ってきてアラビア語で語りかけてきた。
何言ってんのか分からねえ...
アナスタシアも、アレックスも同じような顔をしている。
少年は暫くアラビア語で話していたが、僕達がアラビア語に暗いということを察知するなり、英語で話してくれた。
「すまないね。いつものテンションで話してしまったよ。僕はラシード。話は後にして、巡回兵士が来る前に逃げよう。捕まったら面倒なことになるからね。僕に付いてきて」
僕達はラシードと名乗る十五ほどに見える少年について行った。
彼はここの地理にやけに詳しく、あの岩がどっち向きだとか、あの草原がどうだとか、毎回僕達に教えてきているが、僕は全く聞いていない。アレックスとアナスタシアはやけに食い入るように聞いていた。
こういう事に興味があるのだろうか。
ふと、ラシードが立ち止まって僕の方を向いて言った。
「所で、君たち見た所、欧州の人だよね?服装もこの国に合わせてるってことは、諜報員かな?」
その言葉と同時に、ラシードは背中に隠し持っていたシャムシールを僕の喉元に突きつけた。アレックスとアナスタシアが持ってきていたナイフを抜いた。
僕は急いで両手を上げて言った。
「違うよ。私は日本の探偵さ。ほらこれ、パスポート。実は合衆国と揉めちゃってさ。こうして逃げてきたんだ」
偽造されたパスポートを提示しながら、結構無理な言い訳だと気づいた。が、ラシードはそんなことなら早く言ってくれればよかったのにと笑って武器を収めてくれた。
これで良いのかよと思いつつも、僕はアレックスとアナスタシアにナイフを収めるように言った。
二人共、渋々ナイフを収めた所で、ラシードが言った。
「そう言えば、この共同体は帯剣は問題ないんだけど、君は持ってないのかい?持ってないってんなら、僕と一緒に後で買いに行こうよ」
「でも、通貨が...」
「大丈夫だよ。この共同体ではどこの役所でも外貨と交換できるからさ。ほら、グズグズしてないでさっさと行くよ!この近くに役所があるんだ」
年相応の元気を見せたラシードは、僕の手を引いて遠くに見える街に向かった。
道の途中でラクダに通信機を乗せたおじさんがいて、ラシードが軽く会釈をすると、おじさんはひどく縮こまってしまった。
理由を聞くと、彼は恥ずかしそうな顔で言った。
「ここら辺の領主の息子だからかな。イスラム教にも明るくないし、ほら、髭も剃っちゃっているし、お父様はモジャモジャなんだけど、それを見てたら、なんだかご飯が美味しく食べられなさそうだなって思ってね。お父様も放任状態だから、誰にも咎められないんだ〜」
「そうなんだ。結構規則がゆるゆるなのは噂通りなんだね」
「うん、そうだよ。僕のウラマーのお陰って言っても良いよ。なにせ、当時のトップ層の爺さんたちに口出ししまくったんだから」
「ヘ〜。それは凄いね」
僕とラシードがずっと話しているのを、アレックスとアナスタシアは不服なようで、険しい顔をしていた。僕はため息をついて二人に話しかけた。
「二人共、街に入ったら服とメイン武器を変えるからね。ナイフは身元がバレるから最終手段。分かった?」
「「了解!」」
元気な返事だった。
そうこうしているうちに、ラシードを先頭に、僕達は街の中に入っていき、まずは役所へと向かったのだった。
お読み頂きありがとう御座いました。次回もこうご期待!
次回『虐殺スンナ』




