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√真実 -052 証人テスト



「と言う事で、被告人には強制的に国選弁護士が付く事になったんだよ。ただ……」


 検事が言葉を詰まらす。隣の事務官を見れば苦笑が漏れていた。

 以前聞いた話だと、無謀にも弁護士を付けずに裁判に挑もうとしていると聞いていたので、少なからずまともな形になったと喜ぶところだ。なのに、何があったのだろうと首を傾げる真実と光輝。


「その国選弁護士なんだけとね、今回が一人でのデビュー戦なんだ。一応ベテランの先生が付いていたんだけどね、既にいいお歳だったのと、昨日腰をやっちゃったらしくてね。サポート出来そうになくなってしまったんだよ」


 あ~、と納得する真実。誰しも初めてというのはある。

 この校長室だってそうだ。小学五年生の時に一週間だけ掃除に校長室に入った事がある。当時の六年生が卒業して校長室の掃除当番が回ってきた時にだ。

 しかし、中学では今回が初めてである。入った時はその重厚な雰囲気に物怖じしたものだが、夢の中で経験した湖畔の帝国王室の別荘よりは豪華さがまるで足りない。その為、直ぐに慣れてしまった真実。

 だが、隣に座る光輝もまた、緊張していたのは最初だけで今ではすっかり落ち着いていた。


「そのベテラン先生が出て来られなくなったものだから、他の一緒に働いている弁護士先生方にも仕事が振られて手が埋まっちゃってね。緊急事態とは言え、もう何度か公判を経験しているから問題ないだろうって話なんだけど……」


 またもや言葉を詰まらせる検事。今度は事務官も大きな溜息を吐いているところを見ると、問題がありそうだという事は分かる。


「その、被告人がどうやら立場を分かっていないらしくてね。未だに無罪を主張しているらしいんだ」

「え? 無罪って……捕まったのは現行犯だし、お祭りで人も多くてみんな見てたから無罪って事は無いんじゃ……」

「そうだね。飛弾君の言う通り、無罪は有り得ないんだよ。ベテラン先生もそこは分かっていて、何とか減刑してもらえるようにしようと本人を諭していたんだけど、中々言う事を聞いて貰えなかったようでね。加えてそのベテラン先生が抜けた事で、新人弁護士(ルーキー)がどう動けるか……。被告人が無罪を主張している以上、最悪はそれに沿ってくる可能性もあるんだよ」


 弁護士というものは、その者が負う罰を出来る限り減らすのが大きな仕事だ。勿論、やってもない罪を着せられれば全力で守らなければならない。

 しかし、現行犯逮捕など誰が見ても黒であったとしても、本人がやっていないと主張するのであればその主張に沿って弁護しなければならない。完全な負け戦と分かっていても、である。

 特に今回がそうだろう。


「という事で、相手がどんな質問をしてくるか予想が付かない。私たちも関係のない質問や誘導尋問があれば止めるが、念の為にも心しておいて欲しい」

「え? 予想が付かない質問て……。一体どんな質問が……」

「まあ、そこを予想しながら今から証人テストをしていくから、一緒に頑張ろう」


 証人テストとは、説明が悪いかも知れないが、公判をスムーズに進める為に証言する内容や聞かれる質問に対する答えを事前に予習し練習しておく事である。

 証人の言葉はそのまま証拠として残るので、不確かな状態で答えたり、行き当たりばったりで曖昧な答え方をしたりするのは許されない。況してや間違った答えはご法度だ。

 もし間違った答えを口にしてしまい、それが後から嘘だと判明すると、場合によっては偽証罪に問われる事になってしまう。記憶が曖昧な時は正直に分からないと答えた方が良いのだ。

 だが、円滑に進める為のこの制度にも問題はある。事前に打ち合わせするまでは良いが、その答え方を検事に細かく指示されて意味合いが変わってしまったり、記憶が上書きされてしまったりして、審議を歪めてしまうというものだ。当然そうならない様に細心の注意が必要であるが、今回の事件ではそこまで心配する事もないだろう。


「それで、知り合いの女性の悲鳴が聞こえたから、声の聞こえた小路に駆け付けたんだね? その時、相手は何人いたんだい?」

「三人です」

「どんな男たちだった? その時男たちはどうしていた?」

「大学生くらいの年の男ばかり三人でした。直ぐに相手がこちらに気付いて、二人が俺の方へと走ってきました。もう一人はお金の入ったポシェットを奪おうと引っ張ってました」

「それで、君はどうしたんだい?」

「光輝に人を呼ぶように頼んでその二人の方に走りました。あ、その前に警察に電話するよう頼もうとして、どう考えても間に合わない事に気付いて、近くにいる人を呼ぶよう頼んだんだった」

「……飛弾君。今のところだけどね、正確に言い直すのは良いとして、さっきも言ったように君たちは未成年だから本名じゃなくてABCとかイニシャルで呼ぶ事になると思う。公判の本番では指示に従うとして、練習ではCさんと呼ぼう」

「あ、そうでした。どうしても正確に答える事に気を取られてしまって……」


 頭を掻きながら項垂れる真実。今回の裁判では、瑞穂が襲われて真実が怪我をした以前の事件についても同時に審議される。

 検事たちは今回、真実たちにある程度自由に喋らせる方向性で証人テストに臨んでいた。まだ中学生という事もあって、多少のたどたどしさや一生懸命に答えようとする様を裁判官に見せて印象を良くし、嘘偽りではないと思わせる作戦だ。これが教科書を読むように平滑にスラスラと答えてしまうと、事前に用意されたお手本の答えを暗記しただけだと捉えられ、本当なのかどうかをより慎重に審議される事になり兼ねない。

 未成年者の証言は特に注意が必要である。中には平気で嘘を吐く者もいるからだ。当然大人にもそういう輩はいるのだが、特に子供は自分の思い込んだ事をさも現実にあったかのように口にする者もいるからだ。

 だが今回は目撃者が多数いるのでその心配は殆ど要らず、心理的な面の方が大きく関わるだろうと予測しての作戦だった。



「さて、被害当事者の飛弾君はこのくらいで良さそうかな? では次は目撃証人として黒生さんの番だよ」

「は、はいっ!」


 時間にして一時間強。既に六時間目も半分以上が過ぎて、漸く真実への証人テストに切りが付いた。本来証人二人が揃って証人テストを受ける事は無いだろう。一人の証言により待機している証人の記憶が刷り変わってしまう恐れがあるからだ。

 しかしそこはフィクション。所謂ご都合というか、別けるのが面倒だったのでゴザイマス。(ペコリ


「……ええと、それじゃあ、どうやって神社から逃げ出せたのかは説明出来るかな?」

「ええっと、その……はぅぅ~」


 光輝への証人テストが始まると、途端に光輝が返答出来なくなってしまった。

 このところ随分と克服されてきたように感じた光輝の人見知りだったが、ここに来てその人見知りがぶり返したのだ。部屋の雰囲気には直ぐに慣れても、対人、特に見慣れない大人が相手ではそうはいかないらしい。


「う~ん、これは困ったねぇ。これではテストにならないし、本番で大丈夫かなぁ」

「うぅっ、ごめンナサイ」


 尻窄みになる光輝。まるで怯えたウサギのようだ。

 これでは証人テストどころではないと頭を抱える検事たち。

 書類を片付けていた校長も手を止めて心配そうに見守る。高圧的だったり回答を誘導したりさえしなければ、手も口も出さないと決めていたからだ。しかし、無理を強いろうとするならば、その限りではない。

 校長が止めようかどうか迷っていたところ、やはり心配した真実が俯いていた光輝を覗き込む。


「光輝、大丈夫か? 無理せずにゆっくりと答えれば良いんだからな」

「……ん。分かってても、緊張して頭が真っ白になっちゃって……」


 顔を上げて答えた光輝だったが、その顔色はあまり良くない。


「ちょっと休憩するか? 一旦落ち着いた方が良いだろ」

「……ううん。もうちょっと頑張ってみる。ありがと、真実くん」

「……検事さん。本番(公判)って、横に付いてあげる事は出来ないの?」

「ああ、その手があったか。それなら出来るね。刑事訴訟法第157条の2。必要と認められれば付き添いが可能だよ。勿論、証言内容を口添えする事は厳禁だけどね」

「ですが、それは保護者の役ですよね、検事」

「ああ、あの母親か。協力ってお願い出来そうかな」

「…………たぶん無理だと。あの! 真実くんじゃ駄目ですか?」


 駄目元だったのだろう、尻窄みに言う光輝だったが、その無意識の上目遣いに検事(オジサン)たちの心はイチコロだ。

 以前、光輝の母親とも面会しており、協力的ではない事は重々承知している検事たちは、光輝の申し出に理解を示した。


「わ、分かった! それで話は通しておこう! じゃあ、もう一度最初からやってみようか」


 それからの光輝は落ち着きを取り戻し、一生懸命に検事の質問に答えていった。

 その小さな手は、一回り大きな真実の手と確り結ばれていた。





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