√真実 -051 裏山鹿?
「で? 結局その家に泊まらせて貰って今夜……というか翌朝に出発って事か」
またもや給食を食べ終わった後の昼休みに周囲に人がいなくなったのを確認して、夢物語を聞き出す智樹と、その質問にコクリと頷く真実。
夢の中でトゥルースたち一行は、次の目的地をカントから聞き出したものの、ラバの足でも約一日掛かる距離なのを知って翌朝からの行動にする事にした。
食堂のおばさんにお金を送り続けていた人は、帝国でも最奥の人が滅多に踏み込まないこの地を経由する事で、本人が会いに来ようとする気にさせないつもりだったのだろうと予測できる。随分と念入りな話だとは思うが、その転送先を聞き出してみれば道を三日程北上したところだと言う。
随分と間抜けな話だ。王国の西北端から遥々帝国の西北端であるそこまで来てしまえば、三日程度の路程なぞ目と鼻の先であると言うのに。
一般的には王国の端から帝国のそこまで来ようとすれば、王都から更に南下して南西にある隣国に一旦出た後、帝国の南口から入り帝都を経由してメガレスクル湖の西側の道をひたすら北上していくという随分と遠回りなルートを辿る事となる。馬車等で直接向かっても二ヶ月前後、歩きとなればその倍以上にもなるのだ。
バレット村を出てから二ヶ月弱、途中ミックティルクに捕まっていた事を考えれば、トゥルースたちの旅程は異様な速さであった。
他にはトゥルースたちが通った侯国経由、北の国を三つ程経由するルートがあるが、どれも危険が付き纏ったり入出国が非常に煩雑で困難だったりと一般的ではない。
お金がないだろう孤児の娘に、馬車を乗り継ぐだけのお金が出せないのは勿論、移動中の衣食代が賄えるとは思って無かったのだろう。
「それにしても、よく聞き出せたな」
「ああ、それは……手紙の転送先の住所を書いたメモをおばあさんが見付けて来てくれたからだよ」
いともあっさりと隠してあったメモを 見付け出した手腕は見事としか言えない。
長年連れ添ってきた二人であるからこそだろう、たぶんここじゃろと本棚に並んだ本を一列ごっそりと下ろした所、下敷きになっていた。普通なら本の中に挟む所だろうが、何処に挟んだのか分からなくなった事が過去にあったので、分かり易く克つ見付かり難い場所としてそこになったらしい。
「おばあさん、ちゃっかり別の段のヘソクリも見付けてたけどね」
「ははは。最初から教えてればヘソクリが見付かる事は無かったかもな。でも、本がそんなにあるって、学者か何かか?」
「厳密には本じゃなくてメモだったんだ。その土地での農業日誌みたいな」
「ああ、そういや始祖の家だったな。その集落の長で相談役ってところか」
そう言い当てた智樹だが、いつもなら本の話が出ただけでそこまで察する事もある。
何時ものキレがないように見えるが、今日は仕方ないところだろう。
「で、午後からは黒生と一緒に検事の人と打ち合わせか」
「うん、そうだね。何も学校があるって分かってる平日にやらなくても良いのにって思うけど」
「検察は基本的に土曜と日曜は休みだからな。学校側も協力せざるを得ない事情があるから、社会勉強なり何なりの理由を付けて認めるしかないんだろ」
そう、午後から検事が来て、近く行われる裁判について話し合いをする予定なのだ。夏休みの事件の、である為、真実だけではなく光輝もだ。
クラスの、それも同じ班の親しい人間が、普通なら接点がない筈の検察官と学校内で話し合いをするとあれば、流石の智樹も関係ないのに浮き足立ってしまうようだ。
「むぅ、何であたしは呼ばれないのよ。あたしだって、光輝と一緒に襲われそうになったのに」
「それは前にも言っただろ? 俺が怪我をした時と犯人が逮捕された時の証言が必要だからって」
口を尖らせたのは、教室に戻ってきた綾乃だ。
智樹は綾乃たちの姿を確認して、真実の夢の話を打ち切ったのだ。それは真実がイジメの原因になると恐れて隠しているのを重々承知しているからこそであった。
「でもよ、良いよな。堂々と授業をサボれる訳だから」
「何言ってるのよ。授業を聞かなきゃ勉強が遅れるのよ? この時期に授業を受けられないなんてマイナスでしかないわ」
「ぶっ! 勉強が遅れる? カコの口から? あり得ねぇ~!」
「何よ! ユージだってギプス取って貰った後、学校休んだから授業が分からなくなったってハタイシに泣き付いてたじゃない! まだ火曜日の話よ、忘れたとは言わさなから!」
いつも通りの夫婦漫才を始めたのは、階段の踊り場から戻ってきた祐二と華子。やはり話が聞こえていたらしく、午後の授業を抜ける真実と光輝への羨望の眼差しと気の毒そうな顔を向けられたのだ。
祐二は修学旅行から戻ってきて直ぐの週明けの月曜日に、足のギプスを外して貰いに学校を休んで病院へと行っていた。翌火曜日、途端にスランプに陥る祐二。修学旅行から帰って来たばかりという事でリハビリがてら徐々にという授業内容だった月曜日とうって変わって、火曜日はいきなりトップギアな容赦ない授業内容だったのだ。弛み切っていた祐二が一日休んだだけで置き去りにされるのは当然だろう。
「わわ、かこちゃん、落ち着いて。布田くんも、ね?」
「う゛、仕方ないわねぇ」
「むぅ、クロが言うなら……」
相変わらず光輝には弱い祐二と華子。
すると、間もなく昼休みのチャイムが鳴って、掃除の時間となった。周りの生徒たちも、それぞれ自分たちの担当する掃除場所へと散らばっていく。
固まっていた真実たちも、教室の机を後ろに寄せて掃除道具を手に取るのだった。
「失礼しま~す」「失礼します」
普段を考えれば随分と声を押し殺してドアを開ける真実と、その後を付いて入る光輝。
そのドアはこの学校の中で門の次に重々しく立派な物だ。二人ともその部屋に入るのは初めてだった為、緊張の色が隠せない。
その部屋に入ると一番に目に付くのは真っ黒な革張りのソファの応接セットだ。
「こんにちは、飛弾君、黒生さん」
その見るからに立派なソファに座っていたスーツ姿の二人が立ち上がって、真実たちに挨拶する。既に何度か会っているので緊張は少しばかり緩んだものの、その部屋の醸し出す雰囲気に完全には緊張が解ける事はなかった。
「二人とも、立ってないでそこに座りなさい。私は仕事をしてますので、何かあれば声を掛けてください」
次に真実たちに声を掛けたのは、その奥にある横に広い木製のやはり重厚な造りの机に座る校長だ。
真実たちが呼ばれて来たのは、この学校で一番造りの良い部屋である校長室だ。
そして、対面のソファに腰掛けようとしている二人は、今回の事件を担当する検事と事務官である。かのドラマに出てくるような色物のダウンジャケットを着た破天荒な検事ではないところにガッカリする者もいようが、テレビを殆ど見ない真実と光輝は目の前にいるキッカリとネクタイをはめた堅苦しそうな二人が公務員の制服なのだろうと自然に解釈出来るくらいお堅そうな形であった。
その姿を見ると、普段目にしている学校の教師たちはまだ一般家庭の父親が頑張って格好を付けている程度にも思えた。
着席を促され、対面のソファに腰掛けようとすると、どこまでも沈んでいくソファに驚く二人。光輝なんかは余りにも深く沈み過ぎて足が届かなくなってしまった程だ。
結局座り直してソファの先端にちょこっとだけお尻を乗せただけになってしまった。
真実たちの検事との打ち合わせは当初、生徒指導室で行う予定だった。しかし、同じ公務員と言えど相手は難関である司法試験を突破したエリート、公立中学の教師などたかが地方公務員である。エアコンも付けていない不快な小さな部屋で安価なパイプ椅子と折り畳みの長机に長時間座らせるのは問題があるのではと声が上がり、加えて誰か大人が立ち合わなければならないのではと問題視された。
そこで急遽校長室で校長が立ち合う事になったのだ。他に良い椅子のある部屋と言えば、職員室の応接セットか視聴覚室の席くらいだ。
職員室は他の生徒の出入りが少なからずあるし、業者も来る。二時間で終わる保証もないという話だから、人目に付く職員室は却下、椅子の向きが変えられない視聴覚室は問題外だ。
「さあ、早速始めようか」
九月も後半に入っていてエアコンなしでも何とか過ごせるようになったがまだまだ暑い日が続く。
そんな中で、非日常の時間が始まる。
外からは来週末にある運動会の練習だろう、体育の授業で走り回る声がうっすらと聞こえてくるのだった。




