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√トゥルース -020 肩透かしと手掛かり



「あっ、家が点在してる。もしかして集落に出たのかも」


 呪いの研究所を後にしたトゥルースたちは、何軒かの呪い持ちの家々に立ち寄りながら更に北へと進んでいた。

 研究所以北には馬車が通れる道が付いており、迷う事もなければ伸びた草木が行く手を塞ぐ事もなく、呪い持ちたちに配ったせいで随分と減った荷物も相まって、ラバたちも随分と歩き易そうだ。

 途中の廃村で再会した後は先行しているであろうミアスキアの通った痕跡ばかり目にしていたのだが、今では彼の通った痕跡もすっかりと分からなくなっていた。もう会えないのかと少し寂しくも思う。


「やっとまともな人の住む集落に着いたか~。流石にこの道は二度とゴメンだな」


 ラバの歩くスピードを落として、やっと辿り着いた一般人の住む集落の様子を見ながら愚痴るトゥルース。

 ここまでの道中は過酷そのもので、よく命を落とさずに辿り着けたと思うくらいの酷い道だったが、それもミアスキアのお陰であろう。


「さてと。先ずは人に道を尋ねてみるとするか」


 その人里をぐるりと見渡せば、地形に沿った歪な畑が広々と広がっており、青々とした野菜たちが元気よく葉を広げていた。また、その合間合間に建つみすぼらしい家々から、裕福そうには見えないが飢える事は無さそうだと感じさせる。

 と、その畑の中に老いた夫婦がせっせと野菜の世話をしているのが目に入った。トゥルースはラバから降りてその老夫婦の近くまで寄ると、声を掛けた。


「こんにちは、ちょっと道を尋ねたいんですけど、良いですか?」

「ぁあん? ほう、こりゃまた珍しい。なんでぇ、こんなど田舎に何の用だがね?」

「あ、いや。人の家を探してるんですけど、心当たりはないですか」


 トゥルースはシャイニーのいた教会のある町に住む食堂のおばさんに教えて貰った住所と名前の書かれた紙を取り出し、その老夫婦に差し出す。

 食堂のおばさんは昔、孤児院で働いていて幼かったシャイニーの面倒を見ていた人物だ。その彼女の元に、シャイニーを孤児院に預けたと思わしき人物からお金が定期的に送られてきた為、そのおばさんは自分が受け取る物ではないと孤児院に全額寄付をしつつ、シャイニーの様子をしたためた手紙を返送していた。その送り先の住所である。


「うん? こないな名前はここにはおりゃせんがの」

「どれどれ……ほんに名前は分からんが、こりゃ本家のとこでねぇか? ほれ、住所をよう見んしゃい」

「おお、ほやほや。カンつぁんとこの住所やわ。あんたら、本家の孫か曾孫かいね」

「あ、いや。ちょっと事情があって、人探しを……」

「ほんだらば、ほれあそこに見える家がそうだがね」


 その老夫婦が差し示したのは、大きさこそ若干大きいだけだが周囲の民家よりも確りとした造りの家だった。この集落の始祖の末裔の家だと言う。道理で他の家よりも立派だと思うものの、その規模は町の一般宅と同等かやや劣るくらいだ。

 その老夫婦にお礼を言った後、指し示された家へと向かうトゥルースたち。

 こうも早く見付かったのは幸運だったとホッとするトゥルース。


「ほれ見い。この道で来て良かったじゃろ」

「本当に一番奥の集落だったんだな。でも……だからってこの道を選んだのはちょっと失敗だったかな」


 再三に亘って通って来た道について愚痴るトゥルース。遠回りになろうが今も人が通る道の方が命の危険に晒される事もなく辿り着けたであろうと悔やむ。だが、いくらフェマにそそのかされたとは言え、最終的にそう決めたのは自分なので、その愚痴は自分に向けてのものだった。


「うだうだと言うとらんで、ほれ呼ばんか」

「あっ、ちょっ、待っ!」


 ガンガンと玄関の扉を躊躇なく叩くフェマ。

 こういう時は心の準備が必要で、意表を突かれたトゥルースが慌てた他、実際関わりのある本人であるシャイニーはその突然の蛮行を目にし、メーラ(ラバ)の陰に隠れてしまった。


「ほ~い、誰じゃ? 戸は開いとるじゃろうが。ほいほい、っと……ん? お前さんは誰じゃ?」


 出てきたのはやはり随分と歳を召した老人だった。その老人が見掛けない訪問者(トゥルース)を見て目を瞬かせる。


「のう、つかぬ事を尋ねるが、十五年程前に赤子を孤児院に預けなんだかの?」

「ちょっ、フェマ! それはいきなり過ぎだろ! すみません、今のは無しで」


 唐突に先走り過ぎた発言をしたフェマを嗜めるトゥルースは、代わりに頭を下げる。対してその老人は視界外にいた幼女や後ろにいる少女(ティナ)を見て再び瞬かせた。


「何の事じゃか分かりゃせんのじゃが、十五年前と言えば……孫んらが(とお)から十五の頃かいの。人探しか何かのようじゃが……残念じゃが人違いのようじゃな」


 そう溜め息を吐いて答える老人。

 孫が十歳から十五歳くらいであれば老人の子もいい歳であろう。新たな子を授かるような歳でもなかったのではと推測される。


「で、でもここの住所に手紙を送っていたって……お金もここから送られてきてたって聞いて……」

「手紙? お金? そんな人様に送るようなお金がこんな田舎の老いぼれに出せる訳がないわい。それに手紙なんぞ、孫たち以外には出した事はありゃせんの」


 自分の息子らにではなく孫たちに。それ以外には手紙は書かなかったと言う老人。

 況してや辺境の最奥に位置する片田舎では、碌にお金を稼ぐ手段もない事は、この集落の建物を見れば本当だと察する事が出来る。

 どういう事なんだとトゥルースがフェマと顔を見合わせていると、メーラの影に隠れていたシャイニーがおずおずと姿を見せた。


「あの。こちらにお手紙が届いていませんか? もう何年も続いていると思うんですけど……」

「手紙? まあ手紙は来んでもないんじゃが……」


 まだ幼さの残る少女からの質問に首を傾げる老人だったが、その少女の顔に火傷のような痕が目に入り顔を顰める。しかし、それはそれまで会ってきた心無い男たちとは違って、嫌がる訳でも残念がる訳でもなく気の毒そうな目だった。

 それを見たシャイニーは、人里に入る直前に化粧をしようとしていてすっかり忘れていた事を思い出し、質問を続ける事を躊躇い俯いてしまった。その老人の様子から自分とは本当に関わりが無い事を察して落胆したのと、自らの顔の痕で不愉快にさせてしまった事に申し訳なさでいっぱいになってしまったようだ。

 だが、そんなシャイニーを一緒にいたティナが肩に手を添えて支え励ましつつ、それに続く質問を受け継いだ。


「あの。お名前はテッド様ではないのでしょうか。ここの住所でテッド様宛にお手紙が出されていたらしいのですが」


 この中のメンバーで一番澄んだ声のティナがシャイニーに代わって質問すると、それを聞いた老人がうん?と首を傾げる。


「いや、儂はカントじゃ。テッドではないがの」


 そう言い切る老人の言葉に淀みはなく、嘘を言っている感じではない。しかし、その直前に老人の表情が変わった事にティナは気付いていた。


「カント様、ですね。分かりました。ではカント様、テッド様という名前に聞き覚えは?」


 そんなティナからの質問に、その老人カントは美しい少女から様付けされた事に頬を紅くした後……デレた。


「いやあ、儂に様なんぞ要らんわい。ジジイとでも爺やとでも呼んでくれりゃええでな」

「っっ! いや、そんな訳には……」


 ティナにとって爺やとは、王宮で幼い頃から世話をして貰った執事長を指す。記憶の片隅に追いやっていた王宮での生活、好々爺の優しい笑顔を思わぬ形で思い出してしまったティナは、顔を顰めてしまったのを自覚して目を逸らした。


「ええっと、それで爺やさん。テッドという人物に心当たりは?」


 次々に様子がおかしくなっていく女性陣を心配しながらも、本来の目的を果たそうとするトゥルース。

 しかし、先程見せた思わせぶりな態度から一転してムッとした顔を向ける。


「あっちの嬢ちゃんなら兎も角、お主に爺や呼ばわりされる筋合いは無いわい。ああ、テッドという名じゃったの。そんなもんは知らんっ」

「えっ、ちょっ。態度変わり過ぎじゃない?」


 ティナに振られたとすっかり臍を曲げてしまったカント。そっけない返事を返されてしまったトゥルースは戸惑うばかりだ。


「ほう? だ~れが爺やじゃて?」

「はっ! ば、婆さん! 縫い物で手が離せなんだんじゃ?」


 家の中からひょっこり出てきた老婆が半眼をカントに向ける。たぶんカントの妻なのだろう、睨み付けられたカントは見るからに冷や汗たらたら状態だ。


「新しい糸を針に通そう思うたんじゃが、よう通せなんだで休憩じゃ。それはそうと、ほんだら阿呆な事を言うとらんで、早う教えてやりい。ほれ、手紙なん何度か来おったが。それも忘れたなん、爺さんは呆けてしもうたんか?」

「まんだ呆けてなんぞおらんわい! じゃが……手紙に付いては知らんっ!」

 

 老婆の登場によって、手紙に付いての手掛かりを聞けそうな事に心踊るトゥルースだが、反対に心配そうな表情をするシャイニー。

 シャイニーにとっては、ここがひとつのゴールかも知れないと思っていただろうが、そうではなかった事に少なからずショックを受けているだろう。しかし、手掛かりが全く途切れた訳ではなさそうだ。しかし、カントはどうやら非協力的なようだ。


「知らんて……それを呆けておる言うんじゃがな。ほれ、年に一度か二度、また間違うて届きおった言うとったじゃろが。ほれ、何と言うたかの、もしここに届きおったら町までそのまま送り返してくれ頼まれて面倒じゃと愚痴っておったじゃろうが」

「知らん、知らん、知らんぞっ! 儂ゃ知らんからの!」


 その歳に似合わず、耳を塞いで頑なに否定するカント。駄々を捏ねる老人程厄介な者はない。

 しかし、その様子から事情を知っているパターンだ。何としてでも聞き出さないと、ここまで来たにも関わらず詰んでしまう。だが、味方はちゃんといた。


「何言うとるんじゃ。何処から来た知らんが、こないな奥地にまで来おった言うに、何もせずに帰れたあ可哀そうじゃろが。それに何やら深い事情があるんやろ。こない純粋そうな子んらに不安な顔をさせて帰らせたなん、人が聞いたらどう思うんな」

「うぐっ。じゃが、口止めされとるん言うに、話してしもうたら……あ」


 しまったと手で口を塞ぐカント。ここまで口にしてしまえば、誰かに頼まれたと言っているようなものである。

 案の定、老婆が手を腰にしてプンスカと口を噤むカントを睨み付ける。


「ほら爺や(・・)、誰ん頼まれたん? 何処へ手紙送り返しとったん? 言わんと飯抜きじゃからの」


 幾つになっても、女は男に強しであった。





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