√真実 -049 昼休みの一幕
「なんだ、そうするとその研究所はただ発症者を測定をしてただけだったんか。そりゃ誰にでも出来る仕事だわな。もうちょっと面白い話が聞けると思ったんだけど、拍子抜けだな」
給食の時間が終わったばかりの教室は、掃除の時間までの短い間にトイレに行く者、そのまま席に留まる者、廊下に出て遊ぶ者、教室内で話したり遊んだりする者と、てんでバラバラな行動によりみんなバラけていたが、総じて喧騒に包まれていた。
そんな中で、席に留まる数少ない者の中に真実と智樹の姿があった。勿論その話題は真実の夢の中に付いてである。このところ、何かとグループ行動が多い上に、真実の傍にはカノジョである光輝がいる事が多くなっていた。その為、智樹が真実から夢の中の話を聞き出す機会が減っていたのだ。今は綾乃と共にトイレに行ったようでいない為に、ここぞとばかり聞き出していたのである。
昨夜の夢の話を掻い摘んで話せば、当然の如くつまらなさそうな顔をする智樹。だが、当の本人にすれば言葉には表せない苦労が幾つもあったので、その反応には理解を示すが納得は出来ない。
「そうは言うけどさ、それでも色々とあったんだぞ? 片付け中に荷物が倒れてきたり、呪い持ちがその荷物に埋もれて動けなくなったり、研究者がフェマを養女にしようとしたり……。結局、回覧板を廻して呪い持ちの住人を集めて、荷物の片付けを手伝って貰いつつ研究に協力して貰うって事で話が纏まったんだけど、そんな簡単な事も思い浮かばなかったんだから、本当に頭の良い人なのかどうか疑わしいよな。思わず苦言を呈しちゃったよ」
徐々にヒートアップする真実に、苦笑して声を抑えさせる智樹。
幸い二人の会話を気にするようなクラスメイトはいなさそうだが、遠くからの視線に智樹は気付いていた。あの問題児の壱継たちだ。しかし、夏休み明けに仕掛けてきた騒動みたいな愚行を起こすような素振りは今のところはない。いや、現級長である壱継が問題を起こせば、今度こそは何かしら大きな罰が与えられる事になろうと自覚しているのだろう。今問題を起こせば、高校入学への影響は避けられない事も分かっているに違いない。
まあ、そもそも真実の腕が智樹の想像をも凌駕していたのを間近で目にしているのだ、態々やられる為に手を出そうとはしないだろうと視線を元に戻す。
「それなんだがな。夢の中の世界は回覧板は一般的なのか?」
「え? いや、あっちの俺はこっちの知識があるから知っていたってだけで、あまり浸透はしてないと思う。フェマ曰く、以前に使おうって話はあったみたいだけど。だから何処かでは使っているかも知れないな。どうしてだ?」
「いや、こっちの世界だって、回覧板が浸透したのは昭和に入ってからで、それも戦中戦後の頃だったよなと思って、な。言い出したのは彼女だっけ?」
「あ、ああ。内容を書いた板を回せば良いって……。てか、よく知ってるな。回覧板がいつから使われていたかなんて」
「まあ、家に廻って来た町内の回覧板を見て、何気に調べた事があったんだ。でも……そうか」
何やら考え込んでしまう智樹に、真実は首を捻る。
「それがどうしたってのさ? 回覧板が何か問題なのか?」
「いや、回覧板がじゃない。それを知っていたって事の方が問題なんだ。よく考えて見ろ、彼女はずっと孤児院にいたんだよな。その地区に回覧板があったとして、孤児院にまでそれが回ってくると思うか? 回って来たとしても併設されている教会止まりになるんじゃないか? 要は彼女には回覧板を見る機会は無かったんじゃないかって事だよ」
そもそもトゥルースのいたバレット村では回覧板は無かったし連絡事項は口頭が大半、一応掲示板があったくらいだ。内縁者ばかりの小さな村に、そんな物は必要にはならない。
しかし、シャイニーのいた教会のある下の町には回覧板があったとしてもおかしくはない。ないのだが、それを見る機会が彼女にあったのかは懐疑的だ。回覧板の内容など家人のトップが知っていれば他の者がわざわざ目を通す必要はあまりない。現代社会では伝達事項が複雑でそうとも言えないだろうが、夢の中の世界なんてそう大した事は連絡事項なんてないと推測される。なら尚且つシャイニーが回覧板なんて目にする事は無かったのではないか。
そんな智樹の意見に、う~んと唸る真実。
「確かに彼女が回覧板の方式を提案したのには驚いたけどさ、それがどうしたってのさ」
「もしかしたら、だけど……もしかしたら彼女、こちら側の人間じゃないか?」
「……は? こちら側の人間? どういう意味なんだ? 智樹」
智樹の言っている事が理解出来なくて眉間に皺を寄せ首を傾げる真実。智樹の言うこちら側とは何を示すのか、それの意味する事とは……。
「真実は夢の中の世界をどう思っているんだ? あくまでその世界は現実ではなく夢なのか?」
「どうしたんだ? いきなりそんな話」
「夢の中の世界は夢でしかないのか、それとも現実の世界なのか……真実はどう思っているんだ?」
「……そりゃ夢の中は夢だって思いたいけど……やっぱり現実の世界だと思う。日に当たれば暑いし、水を被れば冷たいし、飯を食べれば味があるし、人とくっ付けば温もりを感じるし。それに何より、あっちで怪我をすればこっちでもその怪我が残っているのが現実だと思い知らされるんだから」
そう、真実は夢の中でも五感を感じ取っていた為に、夢はあくまで夢だと断言する事は出来なかった。それどころか夢の中で負った怪我なんかが現実世界で丸っとそのまま再現されていると言うか、引き継がれているのだ。夢の中の世界が現実であると言う最大の根拠である。所詮、夢の中で五感を感じると言ってもそれを証明する事は出来ないが、真実の負った怪我は別なのだから。
「だよな。ならその現実の世界が真実一人の夢の中にだけ存在するってのも変な話だと思わないか? 夢の中の世界には実際に存在する人々がいるって事になる。そして、その世界の住人の一人が真実と同じように夢の中の人間だったとしても不思議ではないんじゃないのかって話さ」
「!!!」
智樹の仮説によって、真実に衝撃が走った。
今まで真実は、夢の中の世界は自分の夢の中にだけで完結していると思い込んでいた。しかし、智樹はそうではないんじゃないのかと言ってきたのだ。しかも自分と同じような人が夢の中に存在しているのではと言われれば、そうなのかも知れないと思ってしまう。
「まあ、真実自身がそうなるように深層でコントロールしているのかも知れないけど、怪我の件はそれでは説明が付かない」
「で、でも、強く思い込む事で痣が出来たりするって聞いた事が……」
「でもそれは痣までだろ? それは医学上でも有り得るって言われているらしいけど、実際に血が出るような怪我までは説明出来ないんじゃないか?」
「いや、そんな事言われても……」
寝て起きた際に夢の中と同じ怪我をしていたのは、何らかの理由で自傷なり受傷して出来た怪我を、夢の中で見た可能性がある。
しかし、夏休み中に瑞穂を庇って負った怪我で入院した際、手当てして包帯を巻いていたにも関わらず怪我が増えてベッドの上で血塗れになった。当時はこの怪現象に病院内の医師看護師たちが随分と騒いだものだ。
流石に医師看護師がいい加減な手当てをしたとは思えないし、誰かが包帯の上から手を出した形跡もない。況してや包帯を解いて怪我を負わせ包帯を巻き直す、なんて形跡すら無かったものだから、騒ぎが大きくなるのも納得だ。
自傷でも受傷でもないその現象に、その話を聞いた智樹も着目したらしい。
「でだ、彼女が回覧板の仕組みを知ってて口にした可能性があるって話だよ。回覧板って単語に彼女はどう反応した?」
「え、どうって……頷いた、ような?」
「その単語に首を傾げる訳でもなく、か。夢の中の世界でも回覧板って単語が使われているって保証はないよな。例えばお知らせ板とか回知板とか周知板って名前になっててもおかしくはないだろ」
「……それは確かに」
「彼女、こちらの知識を持っている可能性はないのかって話だ。まあ、そうなると他にもそういう人がいてもおかしくはないって話になるけどな」
そんな事を考えてもいなかった真実は衝撃に打ち震えていた。今までそんな事を考えたのは幼少の頃だけであり、みんな一緒の様に夢の中で別の世界を持っていると思い込んでいた頃の話だ。小学校に入ってからそうではない事を知り、夢の中の世界は自分だけの世界なんだと思い込んでいた真実。
それが再び否定されるという事は大事件であった。
「彼女って誰の事?」
智樹の仮定の裏付けに驚いていたところに後ろから声が掛かり、更に心臓が飛び上がった真実。
「……ちょっと。何その反応。何かやましい事? 彼女って光輝の事じゃ無いの? まさか飛弾、浮気?」
「えっ! ちょっ、ち、違うって!!」
声を掛けてきたのは光輝と共に戻ってきた綾乃だ。その後ろでは突然名前を挙げられた本人が目を瞬かせていた。
「本当に~? まさか光輝以外に女が……っている訳ないか。でもミサさんとかアピールが痛々しい程酷いし、瑞穂さんなんか飛弾に助けられてコロッといっちゃってる可能性も無きにしも非ずだし、新しく入って来た生徒の中に指導してくれる近い年代の男ってだけで目を付けてくる女がいてもおかしくないし……」
真実を睨み付けたままブツブツと考え込む綾乃。妄想も随分と混じっているが、全くあり得ない話でもない。しかし、その呟きが耳に入ったのか、後ろの光輝の目が潤みだす。
「し、真実くぅん……」
「や、だからっ! 全然違う話だからっ! 心配しなくて大丈夫だからっ! なっ?」
突然の悲報|(?)に涙ぐむ光輝を慌ててあやす真実。
その様子に苦笑を漏らす智樹だったが、今回は予想外に飛び火してきた。
「じゃあ彼女って何よ。って、ま、まさか……秦石君にカノジョが?」
いつになく目を細めて問い質す綾乃。その声は、真剣に信じられないという声色であった。
と同時に、教室内のあちこちからえっという小さな悲鳴が上がった。クラスの女子たちだ。
そんな異様な教室に、足のギプスが外れた後、最近は踊り場へと行く事の多くなった祐二と華子が戻ってきて目を瞬かせた。
「どうしたんだ、これは?」
「またヒダが何かやったとか?」
ざわめく女子たちに、それを黙って見守る男子たち。その視線の中心にはおろおろする真実と、上目遣いで真実を見上げる光輝の見詰め合う二人。そして額に指を当てて眉間に皺を寄せ目を瞑る智樹と、眉をハの字にして座ったままの智樹を見下ろす綾乃の姿が。
首を傾げつつ近くの男子に何があったのか聞くが、状況を把握している男子はいないようだ。遊びに夢中で、女子のように喋りながらも周りにアンテナを張るような器用な事が出来る者はいなかったようだ。
綾乃の呟きのせいで一気に注目を浴びた智樹は、ハァと小さく溜息を漏らす。おかげで今まさに根も葉もない噂が流れそうになっているのだ、先ずはそれを阻止しなければなるまい。
「違う、違う。オレとは全く関係の無い別の話だ。そもそも、オレにカノジョなんていないぞ?」
「そう、なの? な~んだ、びっくりしたじゃない」
「ったく、智下はいちいち反応し過ぎだって言うの」
ホッとする女子たちに勇敢にも何があったのか聞き出そうとした男子だったが、適当にあしらわれてしまった。祐二や華子も、何があったのか分からないまま、その騒動の中心へと足を向ける。
そんな中、どうして智樹の返答にホッとしたのか分からずに、一人首を捻る綾乃だった。




